幸村君は私の名前を聞いた時、小さく微笑んだ。いや、この人自体いつも微笑んでいるのだけど、なんだか……幼いような、そんな笑みをこぼした。


「それじゃあ、櫻井さん。そろそろ試合が始まるから行こうか」

『あ、その、私のことはお気になさらず』


もし、この人と二人で試合会場なんて行ったら、景吾に後からなんて言われたものかしれない。
すると彼は「そう」とだけこぼしてふわりと山吹色のジャージを翻して歩いていってしまった。


「……で、結局その変な男とは何もなかったんだよね?!」

『……へ、変な男って……立海の部長なんだよ、早苗』

「そんなの関係ないわっ、私の玲華に近づく男はみんな同じ!」


ぷりぷりと怒る早苗に苦笑しながらも、相変わらず私は彼女から愛されているな、と考えると微笑みが漏れる。
結局、練習試合を見る前に、何か知らないけど誰かが景吾に妙な事を言ったらしくて、私は練習試合を見せてもらえないままで自宅に帰えされた。
景吾が見に来い、って言ったのに、自宅待機な私の身にもなってほしいものだ。

かと言って、素直に家に帰る気にもなれずに、学校へと向かった。生徒会室の鍵は私もスペアを持っているからいつでも自由に出入りできる。
そこに偶然やってきたのが早苗だった。


『それにしても、今日は白石君とデートじゃないの?』

「毎回毎回来るわけないじゃん。あっちは大阪だし。それに……」

『それに?』

「私には玲華がいればいいのーっ」

『わっ』


急に抱きついてきた彼女に驚きながらも、こうやって言葉にしてくれると安心してくれる私がいる。
早苗は、私のことを本当に大切にしてくれるし、守ってくれる。だからこそ私も彼女のために何かしたいと思える。
こういう人間関係を今までずっと求めていた私からしてみれば、今がとても幸せで涙さえ溢れそうになる。


「それにしても、幸村、かあ」

『どうしたの早苗』

「ううん。なんでもないっ」


さ、仕事しちゃおうっ。と天使のような笑みを溢れさせる彼女に促されるように私も仕事を始めた。
結局5時まで仕事をして、早苗とさよならをした後で家に帰る道を歩いていた。
この時間が、少しばかり苦痛に感じられたりする。

だって。家には。


「やっと見つけたで」

『……へ?』


振り返ればそこには困った顔の忍足君がいて、姿を見てさらに驚いた。


『なんでユニフォームのままなの?』

「それはええとして。ほら、姫さんじゃないと止められんからなあ。ちょっと来てくれんか?」

『え、あの……なにが』

「跡部が、止められんのや」

『…………は?』





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