変わってしまった?
その単語が耳にこびりついて離れない。だからだろうか。
私がしばらく固まっていると、彼は困ったように笑みをこぼしたらしく吐息が零れる音がした。
「……なんて言われても、君はきっと困るだけだね」
『……すいません』
「いいよ。君が俺を覚えていなくても当たり前だから」
言葉と共に、彼は「少し目を閉じて」と声をかけてきた。
さすがによく知らない人の前でそんな無防備なことはしたくなくて「どうしてですか」とだけ答えると、彼はまた困ったように笑った。
「眼鏡。かけてあげる」
『……かまいません。自分でかけます』
「……そう、はい」
案外あっさりと渡してくれたものだ。彼の手の中に眼鏡を確認して、私はそれを受け取ってゆっくりとかけた。
クリアになった視界の先にいるのは、やっぱり昨日、柳君と別れる前に向こうに立っていた人だった。
蒼い髪。白い肌。物腰の柔らかそうな顔。
だけど、まるで吸い込まれそうなオーラを持っている人。
「俺のこと、知らないかな?」
『……はい』
「そうか。まあ仕方ないよね」
柔らかい口調で話す彼の手は、景吾と比べると随分細かった。
だけど、それは別にひ弱だとかそんなイメージを抱かせるわけじゃない。簡単に説明してしまうとすれば、柔軟な体、といったところだろうか。
立海のジャージを着ているということは、彼も選手の一員なのだろうか。もうすぐ練習試合が始まるというのに、こんなところにいて大丈夫なのだろうか。
そんな私の疑問を読み取ったように彼は小さく笑った。
「歩いていたら、綺麗な花壇が見えたからね」
『花が好きなんですか?』
「うん、好きだよ」
あまりにも綺麗に、そして私の目を見て言うものだから。
自分に言われているように錯覚してしまいそうだった。
だけど、それが花壇に向けて言われていることくらい私だって理解している。「そうなんですね」とだけ答えると彼は少し驚いたように目を丸めた。
『……なにか?』
「……いや。……さすが蓮ニの言った子だなと思ってね」
蓮ニとは柳君のことだろうか。
彼は私から目をそらすと、花壇を見つめた。その白い手でゆっくりと花びらを撫でるように動かしたあとで、ぽつりとこぼした声。
「君の名前」
『……はい?』
「君の名前を教えてくれないか」
ハスキーボイスが私の下から聞こえる。彼がしゃがんでいるのだから当たり前なのだけれども、妙に変な気持ちになる。
優しい眼差しの中に強く光る目。
なんだか、吸い込まれそうなその目に映る自分の顔。
『名前を聞くときは……』
「まず、自分から、だよね。俺の名前は幸村精市だ」
あれ。この名前。どこかで。
「君の名前、教えて」
優しく言う彼に促されるように。
『玲華櫻井です』
私は声を漏らしていた。
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