『景吾がいてくれたから、氷帝のみんなとも普通に話せるようになったし、自分に迷う時も景吾のおかげで進んでこれた』

「……ああ」

『だからね、私だって、景吾に心配ばかりかけたくないし……それに』

「……んなこと分かってんだよ」


ぽつりと呟いた景吾は、私の眼鏡を軽々と取った。急にぼやけた視界に少し焦っているとその瞼に小さく唇が落ちてきた。
遠くで忍足君が「らぶらぶやなあ」なんて冷やかしているのにも関わらず、景吾は私の頬を優しく撫でた。


「お前が、どんどん離れていくことくらい、分かっている」

『け、いご』

「だがな。……お前が傷付くのだけはもうごめんだ」


また一つ唇を落とした景吾は、ゆっくりと私に眼鏡をかけなおしてくれた。
クリアになった視界の先に映っていた景吾の表情があまりにも泣きそうにさえ見えて「ごめんね」と呟いてしまった。
景吾は、私の体をようやく離してくれて、体温が離れていった感覚にどことなく寂しささえ感じてしまうところをみると、私も相当景吾に依存している。

やっと動いた景吾を皮切りにせわしなく動き出した部室の中。
練習試合は氷帝のコートで行われるから、既にコート整備は二軍の人たちがしているらしいから、今は各人の準備中だ。

それをぼんやりと見つめながらそろそろ私も観覧用の席に行こうかな、なんて考えていた時。


「おい、玲華」

『なに景吾』

「……ぜってー立海の席に近づくなよ」

『……へ?』

「それに、眼鏡はぜってー外すな。目が疲れた時は、俺を呼べ。そして眼鏡を外せ。それと髪もほどくな。そのまま一つ結びでいろよ? 頭が痛くなろうがだ。もし我慢できねえようなら、必ず俺を呼べ。それと、むやみやたらと立海の奴らが話しかけてきたら、その瞬間に俺を……」

『いや、景吾。なにそれ』

「……いいから、守れ。命令だ」


意味が分からないんだけど。
普段に増してなにか凄みがあるというか……なんというか。そんなことを考えていると、不意に肩に手が回ってきた。


「まあ、堪忍してやってな」

『……忍足君』

「跡部は、玲華ちゃんのこと大好きやからなあ」


だからって、なんで眼鏡とか髪とかの話になるのかな、と聞けば、彼は「ますます美人さんになってまうからやろ」なんて歯がうくような台詞を残して部室を出て行ってしまった。

よく分からないけど、ようは立海の人に近づかなければ景吾の機嫌は悪くならないらしい。
私も別に景吾の機嫌を悪くしたいわけじゃないのだから、普段通りおとなしくベンチに座って試合を観戦していようかな、と思った。

部室から少し遠回りして行くのは、特に深い理由もなかったのだけど、なんとなく氷帝に咲く花を見たくなって、私は花壇のあるところに少し寄るところにした。


『あ、もう咲いてる』


そこに咲いていたのは、先日来たときにはまだ蕾だったはずのパンジー。
黄色や紫の色を奏でているそれを見て、思わず笑みがこぼれた。

景吾は私を試合に呼んだときは必ず、自分たちのすぐ後ろのところに席を用意してくれる。氷帝のコートは、とにかく広くて、それに観客も多いから、ファンの人たちが遊びに来たりすることも多い。

以前、ファンの子達と一緒の場所で見ていた時に、そのファンの子達と少しトラブルがあったのだ。いつも景吾のそばにいる私をよく思ってないらしかった。
まあ、その時は景吾が「こいつに手を出したら許さねえ」って言ってくれたからすんだのだけど、やっぱり景吾と私が付き合っていると勘違いしてしまう人たちの気持ちも分かるからなんか申し訳ない。
そんなことを考えていた時。


「あんた、本当、調子乗らないでよね」


不意にそんな声が聞こえた。


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