「ここまでおくらせてしまい、悪かったな。暗くならないうちに戻れるか?」

『大丈夫。ここから近いから』

「そうか。それでは……」

「蓮ニ」



低い声が響いたと思えば、そこにいたのは……真田君、だっけ。
そうだ。皇帝の異名を持つ彼だ。
黒い帽子を目深に被っていた彼は、私の姿に気がつくと少しだけきょとんと目を丸くした。


「お前は……」

『こんにちは。先日はあまり話せませんでしたからね』

「どういうことだ蓮ニ」

「彼女に送ってもらったんだ。お前も会いたいと思ってな」

「なっ」


その言葉を聞いた真田君は、また深く帽子を被ってしまう。
私に会いたかったって。もしかして、この間の春会の時に、何か聞き忘れていたことでもあったのだろうか。

しかし、どうやら違うらしく、ゆっくりと近づいてきた真田君はちらりと私を見ると、「うむ」と声を漏らした。



「そんなに気にする事ではないぞ櫻井。単に、弦一郎はお前の事が気に入っただけだ」

『え?』

「……あ、ああ。今時、お前のような凛としていて礼儀正しい女子生徒はなかなか見ないからな。是非今度ゆっくりと話してみたいと思っていたのだ」


真田君は、少し気まずそうに目線をそらしていたが、小さく微笑んだ。夕日に照らされているからなのか、彼の頬がほんの少し赤く見えたのは気のせいだろう。

ありがとうございます、と言うと柳君が隣から「弦一郎と対等に話せるお前はそれだけですごいぞ?」と耳打ちしてきた。
……まあ、分からない事もないかもしれない。

高校生にしては厳格に満ちた真田君は、最初は話しずらそうな印象を受けないこともないかもしれない。
それにしても、景吾とどこか似ている雰囲気を感じてしまう私は、少しおかしいのだろうか?
まったく真逆のような気もするけど……すごく似ている。
真っ直ぐな目とか、真剣なところとか。


「いつか、我が立海へも訪問してもらいたい、とうちの会長も言っていた」

『はい、いつか行きますね』

「櫻井、そろそろ時間じゃないのか?」


呼び止めたのは、こちらだがな。
と遠慮がちに言う柳君に「ありがとう」と言うと、真田君がぱちりと目を開いた。
あ、またさっきと同じ顔。
彼は、驚いたらこういう顔をするのだろうか。


「どうした、弦一郎」

「……いや、お前には敬語ではないのか?」

「同級生なのに敬語を使われると、距離感を感じるからな」

「む……そうか」


それならば、俺も敬語を使わなくてもかまわない、なんて胸をはって言って来た真田君が、やっぱり目線を合わせようとはしてくれないのは気になったけど、真田君がそういうなら、そっちがいいのかもしれない。

敬語を使うと距離感を感じる、か。
柳君はまるで私の心を読んでいるみたいで少しどきりとした。

今まで、わざと敬語を使っていたから。距離感を作るために。



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