景吾は、対戦相手は一言も言ってくれなかったものだから、知らなかった。
……それに。


「明日行われる練習試合にお前が来ることは俺も予想できていたのでな。少々驚かせようと思ったのだ」

『……意地悪』

「それに、俺は跡部に警戒されているからな。お前に近づきすぎると、俺の身まで危なそうだ」


赤也君に聞こえるか聞こえないかの声で話す柳君を恨めしげに見上げていた時、不意に遠くから誰かが呼ぶ声がした。見やったそこには、赤髪の男の子と、褐色の肌の少年。


「柳ー、赤也ー、お前ら遅ぇだろぃ」

「丸井せんぱーい」

「お、おい、赤也、お前まさか本当に迷子に……」

「でも、ちゃんと帰ってきたからいいっしょ?」


えっと。この人たちも同じジャージを着ているということは、立海の人か、なんて頭の中で整理していると、不意に夕日が胸のブローチに反射して、ちかりと瞬いた。

まぶしい、と目を細めた時にはいつの間にか私に向き合っていた柳君の大きな手が、私の頭を撫でていた。
なんだろう。すごく、優しい目で、こっちまで懐かしい気分になる。


『ねえ、柳君。そういえば、前に私に助けられたって言ってたよね?』

「ああ。……お前は覚えていないだろうがな。……あれは中学一年生の頃、初めての全国大会の日だな」

『全国、大会』


中学一年生の頃。
ああ、私がまだ幸せしか知らなかった頃か、と思い出したと同時に、別の映像が掠めた。その不快な顔を察知したのか、柳君が「大丈夫か」と声をかけてきた。


『そこで……私がどうしたの?』

「……ああ。初めての全国大会。俺も少しは緊張していたんだ。そのときに……俺の前にお前が現れた」


緊張で震える手から零れ落ちたテニスボールを、お前が拾ってくれた。
そう懐かしむように言う柳君に釣られるように私も必至で記憶を呼び戻すが、どうにもあの頃の記憶が曖昧で、申し訳ない気分になっただけだった。


「その時お前がひどく幸せそうにボールを拾ってくれてな。……それが、何故か、心を溶かした」

『そ、うなんだ』

「ああ。……春会の頃は曖昧にしか覚えていなかったが、お前のことを見て思い出した」


改めて、ありがとう。
そう言って来た柳君に、妙にむずがゆくなっていた時に、じりじりと刺さる視線に顔を向ける。

そこには、さっき赤也君と話していた二人の姿。


『あ……あの』

「わ、悪いっ。えっ、と、その、さ柳がこんなに女子にしゃべってんの見るの久々だからよぃ」

「っおいブン太! ほら、早く戻るぞ! ただでさえ真田がきれそうなのによ」


よく分からないけど、どうやら彼らは急いでいるみたいだ。
それは柳君も同じようで、彼は一つ苦笑すると私の頭から手を離した。


「明日、来るのだろう?」

『うん。景吾に言われてるからね。でも頑張ってね柳君』

「心強いな」


お前は、今も変わらないな。
彼が呟いた声と、遠くで鴉が羽ばたいた音はまるで同じだった気がした。

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