柳君は、その私を助けたいと言っている。私の事情を何も聞かず。
ただ、素顔の私の表情を見たいと言ってくれた。
景吾が前に言ってくれた。
「無理に信じなくてもいい。だがな、信頼関係が結べる相手はぜってえにお前にもいる」
『……』
「今は別に無理に探せとは言わねえよ」
あの言葉を景吾が言ってくれたのは「あの事件」があったすぐ後。
だから、その声音を受けいれることなど出来なかった。
だけど今。まるで私の心に語りかけてくれるようなその口調に、声が零れる。
『景吾も言ってくれた。だけど、誰を信じればいいの? どれくらい一緒にいたら信じていい? どれくらい仲を深めたら信じてもいい?』
自分でも子供の言うような馬鹿げたことを口走っているとは思っているけど、何故かそれを柳君に聞いている。
少し困ったような表情を浮かべた柳君は……ゆっくりと私の手に手を重ねてきた。
「俺は、相手を想うことと信じることは同類だと考えている。確かに、生きている上で裏切りや苦しみがあるかもしれない。それにより、途方もない苦痛を負ったとしても自己責任だ。それは予測できない。だが、自分が信じたいと思えば信じるのは自由だ。そこで嘘をつかれ、傷付いたとしても、お前が相手の事を信じているという思いは嘘ではないだろう?」
あくまで俺の持論だがな。と言う柳君の声音。重なる、面影。
「お前の過去に何があったかは俺は……知らないが、お前が人を信じることができないというのならば、傷を負ったとしても、信じるしかないだろう」
俺でそれを試してくれてもかまわない。とどこか口元に笑みを彩った柳君につられて笑みが溢れる。
『……やっぱり、似てるね』
あの人に。だからということではない。だけど私は。
『柳君』
「どうした?」
『ありがとう』
確かに、傷付くかもしれない。
あの事件のように、誰かを傷つけてしまうかもしれない。だけど、このまま立ち止まらないと決めたのは私だ。
『柳君のこと、信じる』
「それはありがたいな。恩人である君にやっと恩返しが出来る」
『……それと、敬語も、その……』
「ああ、それでいい。無理に使わなくなる必要はないが、そのほうが親近感がわくだろう?」
どこか意味深な笑みを浮かべる柳君に、同じように笑みを返す。
彼の言う「素の私」っていうのは、どんな顔をしているのかは私には分からないけど、景吾や氷帝のテニス部のみんな以外にも、信じることができる相手がいるってことは、私にとってなにか居場所が増えたような気さえする。
『けど……私、結構腹黒い人かもしれないよ? にこにこしながらなに考えているかわからないかもしれないよ』
「気にするな。お前程度では腹黒いと言わない。上には上がいる」
『……え?』
「こっちの話だ」
なんの話しだろう。柳君のボキャブラリーが大きくて、困ってしまう。
「……ふむ、それにしても」
『な、なに?』
「……何故お前は弦一郎に臆せず話せたのか、と考えていた」
『げん、いちろう?』
ああ、この間いただろう。年齢詐称しているような長身の男だ。
なんて柳君が言うものだから、思わず笑ってしまった。
「笑ったな?」
『あ、……ちょっ、あの人には言わないでっ』
「当たり前だ。俺が今言った言葉も黙っていてもらいたいな」
『じゃあ、ここだけの秘密だね』
柳君は、思っていたよりも面白い人かもしれない。潜め声で言う柳君がなんだか、少し子供っぽくて、とっさに小指を前に出していた。
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