信じられなくてもいい。
という台詞には、正直心を見透かされたようで驚いたけど。
だけど、いつまでもこのままでもいられないだろう。これからもっといろんな人に出会う中で、役職を盾に逃げるわけにもいかないだろう。
頭の中で、あの日の記憶が何度も飛び交って、鼻の奥には血の生々しい匂いが消えない。
だけど。


「今日話したい、といったのは単なる俺の興味本位だ。跡部の従兄妹としての君や会長としての君も確かに興味深いが……本来の君と話をしてみたいと思ってな」


流れるように話す柳君は、綺麗だ。薄暗いはずの木の下のベンチが、どことなく麗しく見える。
彼の髪が、さらさらと揺れる。
風に、風に。


「俺のことを信じられないというのも無理は無い。二、三度会った相手を信じろというのも無理な話しだ。しかし、少し失礼な事を言うかもしれないが君は、どこか殻に閉じこもっている気がしてな」

『か、ら?』

「確かに会長としての君は優秀だ。統率力、圧倒的な指示力、それに監察力と洞察力。先のことを見据える力、それに気遣い……。あの場で跡部景吾というカリスマ的存在がいながらも君が目立っていたということはそういうことなのだろう」


そんな風に柳君に見られていたとは全く思っていなかったためか、なんだかむずがゆい。それと同時に、少しずつ何かがほどけていく。


「しかし、桜の木を眺める俺を見た時の櫻井さんの表情は、会場のそれとは全く違った」


嗚呼、柳君を「あの人」と間違えて名前を呼んでしまったときだ。
春会からもう、あるが日付は軽快していて、それに付け加え多忙であろう柳君は、そんな些細なことも覚えていたのか。

さすが、データマン。
柳君は、風に髪を揺らしながら、ゆっくり私を見やった。


「ひどく不安定で、幼く……それでいて美しかった」

『なっ……』

「そう、今のような表情だな」


またやられた。
どうやらこの人は見かけによらず人のことをからかうのが好きらしい。くつくつと喉の奥で笑う柳君に恨めしげに眼をやっていると、不意に頭をポン、と叩かれた。


「その表情が櫻井さんの素顔ではないか、と思い、それを確かめたくなった」


どうやら、そうだったみたいだな。
なんて言いつつも柳君は柔らかく私の頭を撫でる。頭を撫でられたのなんて、景吾に知られたら激怒しそうだ。景吾はなぜかよく分からないけど、私に対して過保護だから。多分、私のことを妹とでも思っているんだろう。シスコン、だっけな。……じゃなくて。

思わずその掌が気持ちよくて、顔が緩むと、一瞬柳君の手が止まった。それと同時に私も引き戻される。


『柳、君?』

「…………理由はそんなところだ。まあ今の話をしたから俺を信用しろと押し付けるつもりはない。ただ、これだけは言っておこうと思ってな」


私の眼鏡を通した世界の先に。
柳君の真っ直ぐな視線。


「今度は俺が、櫻井の力となりたい」

『わ、たしの?』

「君は覚えていないだろうが、中学生の頃に俺は君に助けられたことがある」

『……へ?』

「いや、お前は覚えていないだろう些細なことだからな」


必至で中学校の頃を思い出そうとした時、断片的に血の色が頭に浮かんだ。そして、とっさに唇を噛む。


「すまない。思い出したくない記憶を思い出させたな」

『ち、違う。大丈夫です。……ぜんぜん平気です』


必至にそれをぬぐったとき、先ほどの柳君の台詞が優しく私を撫でた。一度は「あの人」と間違った柳君は、やっぱりあの人と少し似ている。しゃべり方とかじゃなくて。その雰囲気とか、真っ直ぐな眼とか。全て包み込んでしまうような手。

一つ一つがリンクして、心に暖かいものが広がっていく。
そして、自然に口をついたのは。


『信じる、って……』

「ん?」

『信じるって……どういうことなの?』


自分でも何を聞いているのかと思った。だけど、不安で。
今の私は、何もまとっていない私。景吾の従兄妹としてではなく、会長としてではなく。

櫻井玲華としての私。

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