謙也君は、氷帝の忍足と従兄弟だから、少しだけ接点が多くて四天の中でも仲が良い。もしかすると、私の過去のことも聞いているのかもしれない。
……それは分からないけど。それに、中学校の頃のこともあって、今もこうやって私を気遣ってくれている。いつまでたっても溶け込もうとしない私に何度も声をかけてくれたのは謙也君だったから。


「なあ、転入生やろ?よろしゅうなっ」


結局、私が四天に打ち解けることはなかったけど、それでも東京に戻った私にも謙也君と白石君は、あの頃のように優しくしてくれる。

まあ、彼らと再び会えたのは、早苗が白石君と付き合いだして、それを彼女が紹介してくれたからだからなのだけど。
私は、あの頃の自分のそっけない態度を思い出して、少し眉をひそめた。


『……もともと、あそこが私のいるべき場所だったわけじゃ……』

「それでも……戻ってこんでも、俺たちを信じることも、できんか?」

『っ』


彼は皮肉で言っているわけじゃない。現に、謙也君はめいいっぱいに眉と声をひそめて私のことを見ている。
この人も、氷帝のみんなと同じなんだ。純粋に、私という存在を見ようとしてくれている。

なのに。なのに、私は。……どうして、こんなに非道な人間なのだろう。

自分の責任で引き起こして、自分の所為で苦しんでいるのに、他人の優しささえ巻き込んでしまう自分が、ひどく愚かしい。
だけど、その弱い自分を見られたくない、なんて見栄を張って、私は謙也君に視線をむける。


『……私は……あ、あの頃よりは、ちょっとは強くなったし、それにっ』

「そういうことやあらへん。……お前の、心のよりどころは……ちゃんと今あるんか?」


あの時も同じことを聞かれた。


「なあ、お前困った時とか頼る相手ちゃんとおんのか」


少したどたどしく。だけど、優しく。あの頃の私にはまぶしいくらいの優しさ。
そういうことを、未だに何気なく聞いてくるところはさすが従兄弟というというかなんというか……。遠くで早苗と白石君が話しているのが聞こえる。

皆を信じられないわけじゃない。
信じたいんだ。
だけど、分からない。
一体なにを信じて、何を疑って、生きていけばいいのか。

なにが真実で、誰が本物で、どれが嘘で、なにが偽物かが。
自分に精一杯見栄をはって、嘘をついて、偽りの世界を渡り歩いているうちに、私の世界は黒く歪んでしまった。

そんな私に、向けられる情が、私にはどう受け止めていけばいいのか分からない。
そんな私に、何を言うでもなく、謙也君はただ私に視線を送ってくれた。今はそれが一番心地よくて、自然に零れた苦笑に自分でも驚いた。


「なあ、玲華」

『なに?』


謙也君は、いつものように優しい瞳で、くしゃりと笑う。


「お前は、一人やあらへんのやからな?」


いつもはヘタレ、とか言われているくせにこういうところがあるから、きっと私は彼のことを嘘でもからかう事が出来ない。
それを言ったら財前君は、「謙也さん愛されとるなぁ」なんて言い出したのだけれども。
私は、一つ吐息をこぼして、謙也君に自分が今できる最大級の笑顔を向けた。


『ありがとう、謙也君』


すると、何故か彼は目を大きく見開いた後で、バッと音が鳴りそうなほどに私から目を離してしまった。


『え、あの……謙也君?』

「な、なななんもあらへんっ」

『いや、すごく目、そらして……』

「謙也さんのヘタレー」

「う、うっさいわ財前っ!」


そんな言い合いを見つめながら、なんだか心の中があったかくなっている。
景吾がいつも言ってくれているように、誰かを頼ることも必要だ。こういう雰囲気に包まれているとそんなことを考えてしまう。

だけど、それは出来ない。
あの日のことが、どうしても脳内をよぎるから。

白石君が早苗とデートに行くらしく、それを見送って、謙也君達はこれから忍足君のところに行くという事で、お別れをして一人で歩いていた。

さっきまで楽しかったからなのか、心がぼんやり寂しい。

いつの間にか寂しさとか、切なさを少しずつ感じるようになっていることが少し不思議で、私も少しはあの日の痛みを薄めていっているのか、と思った。


「君は……」

『え?』


声がしたほうを振り向くと、そこにいたのは春会で私が「あの人」と見間違えた少年。


『や、なぎ……れんじ君?』

「柳でかまわない。まさか覚えていてもらえたとはな」


少し首をかしげた私を、柳君は苦笑してみている。この間は、制服を着ていたためか、今来ている芥子色のユニフォームに多少の違和感を感じてしまう。

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