「おや、貴方は……」
『こんにちは。どうも、うちの役員がお世話になったようで』
「いえ、このくらい」
律儀に笑うその人に丁寧に頭を下げると、明和の役員である先ほどの女子が、困ったような瞳で私に助けを求めてきた。少しばかり怖かったらしい。
『大丈夫?』
「は、はい。大丈夫です」
『何かあったら、私を呼んでいいから』
「はいっ」
全く、生徒に手を出すなんて。
それを口にはせずに、その生徒の肩をなで、彼女がまた話しの輪に戻っていった時。
ふ、と目にはいった光景。
大ホールに隣接されたテラス。その向こうに広がる緑。
氷帝学園に植えつけられた桜の中でも、一番美しいと思う桜の木の前に一人の生徒が立っている。
見慣れない服。氷帝学園でもない。ましてや青春学園じゃない。
自然に体がそちらに向かい、引き込まれる。桜が舞う中。
黒髪。
白い肌。
その幻想的な中に消えていきそうな。その姿は、まるで。
『 』
無意識に零れた声にその人が振り返って、私は我に帰った。
違う。そう。あの人がここにいるわけがないのに。人違いをしてしまったことを、素直に口にした。
『あ、す……すいません』
「いや。かまわない。あまりに綺麗な桜だったので拝見させてもらっていた」
丁寧な物腰は、先ほど話した人と少し似ている気がした。
「よい桜だな」
『綺麗な桜ですよね。散り急ぐ姿が、どことなく儚く、淡い色で。咲いている姿も綺麗ですけど、ここの桜は風に舞う瞬間が、一番美しいんです』
「……同じことを考える者がいるものだな」
『え?』
「いや、こちらの話だ」
さらさらとした黒髪と、穏やかなのにどこか澄んだ空気をまとうその人は、ゆっくりと私に近づいてくると、じい、と私の顔を見てきた。美麗な表情が私の前で静止している。
いや、顔じゃない。
この人は私の目を見ている。切れ長の瞳が開いたのはその一瞬で、すぐさまその人はまぶたを閉じてしまった。
あまりにも感じる視線に、なにか声をあげようとしたが、それより先に私の腕がひかれ、傾いた体を支えたのは、からだ。
「主催者がどこに行ってやがる」
『あ、景吾』
あ、じゃねえよ。
と言う景吾はなにか少しだけ息を切らしていたように感じたが、きっと気のせいだろう。
腕を開放してくれた彼の体から離れた時、目の前に立っていたその人が口を開いた。
「随分と親密のようだな」
「あーん?」
景吾が少し勝ち誇った顔をしだしたので、不思議に思いつつもその人の顔を見つめた。静かな声なのに、響く。
不思議なのは、この人の雰囲気もかもしれない。
「櫻井玲華さんと言ったかな」
『え、ええ。そうですが』
突然振られた話題に急いで声をあげると、彼はほう、と声をあげた。
「今度是非、我が立海に来てもらいたいものだな」
『え?』
呟いた台詞に首をかしげた私の腕を再び引っ張ったのは、景吾。
せっかく、私が交流を深めようとしているのに何事だと突っ込んでやりたかったが、なんだかそんな雰囲気でもなく、私はとりあえずその人に一つ頭を下げその場を後にした。
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