「ええやろ。姫さんに会いたかったんや」
『忍足君はいつになったらそのフェロモンを止めてくれるのかな』
「姫さんが振り向いてくれるま……」
「あー、玲華ちゃんだーっ」
「……まだ話中や……ジ」
「忍足どいて〜っ」
がくりと肩を落とす忍足君が相変わらずで、それを軽くあしらう周囲の反応も変わらなくてなんだか笑みがこぼれた。
そのまま、芥川君が抱きついてきそうな勢いだったけど、それをあっけなく止めたのは日吉君で、日吉君は私に一度頭を下げた後、早々とコートへ向かっていった。
さすが時期部長候補。
前よりも少し広くなった気さえする背中に小さなエールを送っていると、先ほどは日吉君に妨害されたはずの芥川君が、もう一度私に飛びついてきた。
「ねえねえ、玲華ちゃんっ、久しぶり〜」
そういえば、ここ最近此処へは来ていなかった。私の用事が忙しかったのもあるけど、景吾の方が明和高校に来ることが多かったからかもしれない。
そう考えると、この豪華絢爛な部室に懐かしささえ感じてしまうものだ。
『一ヶ月ぶり、だったかな?』
「そうそう、元気だった?!」
いつも眠っているはずの芥川君が目を爛爛させながら私に話しかけてくる姿は、ある意味でちょっと嬉しい気もする。
だって、試合中でさえ自分がつまらない時はすっかり眠り込んでしまうような彼が、今起きているということは、少なくとも私の存在を認めてくれているような気がしたから。
私を。私自身を。
……ああ、駄目だ。また心臓が痛む。
必要とか、そんなことを考え出すと止まらなくなるのは私が一番わかっているというのに。
それに、ここでは私はその存在意義を考えなくていい。
……そう、景吾が何度も言ってくれたじゃないか。
それを悟られないように返事をしていると、気がつけば氷帝学園レギュラーが、部室に集合していた。それもそうか。もう部活が始まろうとしている時間だ。
それに、ここは、レギュラー専用のロッカールームで、本来ならばレギュラー以外はおろか部外者である私は絶対的に侵入することが出来ない場所なのだ。
勿論、景吾の従姉妹という名目でこの場所に入室できる私と、氷帝テニス部のレギュラーメンバーは、彼を通して知り合った。
みんな、とてもいい人たちで、相変わらずみんなテニスに夢中だけど、なんだかんだ言ってみんな仲がいいし、まるで兄弟が集まっているような雰囲気さえ感じられる空間だ。
忍足君に促されるままイスに座ったとき、部室の扉から長身の青年と、現れた帽子を被った青年。
「こんにちは櫻井先輩」
『ん、鳳君、また身長伸びた?』
そう言うと彼は、はい、と大きく声を弾ませた。きっと彼がもし今犬だったら尻尾がぶんぶんと振られているんじゃないかってくらいの反応だ。
『いいなあ、男の子は成長期があって』
「お前が小っせえだけだろ」
『煩いよ宍戸君、鳳君よりも小っさいくせに』
「んだとっ!」
宍戸君も相変わらず生意気な口を利いてくる、と景吾が言っていたけど、なんだかんだ言って景吾と宍戸君も仲がいいんだよな、なんて。
一ヶ月ぶりに見た久しい姿を見ながら、自然と零れる笑顔。
「なあ今日は、跡部と打ち合わせ?」
向日君が、なんだか興味津々で聞いてくるものだから、私はカバンに詰め込んできた資料を見せながらうなずいた。
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