公園に立つ彼女はまるで人間じゃないように青白い顔で私を見つめていた。その瞳の色があまりにも薄汚れていた事が酷く悲しくなった。私の居場所を手に入れたのに、どうしてそんな顔をしているの。そんな言葉を聞けるほど私は強くはないのだけど。
彼女は私に右手を差し出すと、たんたんとした口調で言った。


「玲華をつれてきてって母様に言われたの」


嗚呼、やっぱり。
あの人が。……義母様が黒幕。
その事実が答え合わせで導かれた解のようにほどけていく。


「人の手により性格及び人格の変更は可能。その事実は世間一般では対してどうでもいいのかもしれないけど、その手の学会では高い評価を受けるの」
『……そう』
「ましてや、その実験台が今まで裕福に暮らしていたお嬢様。……商品としての価値も高いの」


学会。実験。海外にでも売り飛ばされるのだろうか。見せしめとして、また妙なことをされるのだろうか。そんなことを思う反面、どこか私の頭はすっきりとしている。
どこかで私はこうなることを分かっていた。早苗が義母様の娘だと分かった時から、きっとこうなることを分かっていた。
全てを諦めれば楽なのかもしれない。でも、そうじゃない。さっきの電話で白石君が振り絞るように言った一言が耳をえぐる。


「頼む、あいつを、助けてやってくれんか」


恐ろしい程に頭が澄み切っていった。嗚呼、なんだ。そういうことかと。怯えていたのは、助けを求めていたのは私だけじゃないんだと。早苗も、助けを求めていたんだ。そのやり方は間違っていたのかもしれないけど。そう思った途端に体が動いていた。


「もうじき、ここにお母様が来る」
『……うん』
「……逃げないの?」
『どこに? ……今更。……私は、逃げないよ。……あの人からも、早苗からも』


ひくり、と。
彼女のコメカミが動いたのと、早苗が私をにらみつけたのは一緒だった。


歪んだ表情で早苗が笑う。お人形のように整った顔。いったいどれほどの苦しい思いをしたのだろうか。一体いつから私のことを知っていてなお傍にいてくれたのだろうか。
一体……いったい、どれほどの哀しみと憎しみが彼女の身体には積もってしまっているのだろうか。
それを考えると、自分の痛みさえ耐えられるような気がしていた。


「はっ、もう生きる意味も失ったってわけ? 相変わらず思い切りがいいのね!」
『……もういいよ』
「っあんたなんて、海外でいいように扱われればいいわ!気味の悪い儀式にでもかけられればいい!」
『もういい。……もう、自分を苦しめないで。……もう、いいんだよ?』


瞬間、視界が反転した。遠くで景吾が私を呼ぶ声がした。それに被せるように叫んだ△の声と、その手に握られている鋭利な刃物が私の喉下を的確にとらえている。こんなに激しい顔をした早苗の表情ははじめてみた。馬乗りになられた状態でそんなことを考えている私はやっぱり普通の人とどこかずれているのかもしれない。殺意をしっかりとともした瞳。


「昔からそういうところが嫌いだったっ!」


彼女の振り絞るような声が私に突き刺さる。


「初めてアンタを見たのはあんたが実験される前。……っ幸せそうなあんたが、死ぬほど憎かった」



ちりちりとした黒い気持ちが、漏れることなく私をどんどん塗りつぶしていくかのようで。


「いつだって、どんな時だって! 私ばっかり! 私ばっかりが劣等感を感じてた!玲華は人体実験されても記憶を失ってもっ、強くてっ、私っはっ!不憫で!痛くてっ!所詮私は汚い人間だって!幸せそうなあんたを見るたび死ねばいいって思ってた!いつも傍にいながら早く消えろって思ってた!私はっ、ずっとそんなことを思ってた!」


自嘲的に笑う彼女の台詞が私に染み渡る。叫びが、痛みが、私に流れ込んでくる。


「私は、都合のいい人形として遣われてっ!あの人にとっては、人体実験をする価値もない女でっ。生きるより辛いこともされたし死にたくても死なせてくれなかった! そんな私が始めてあの人に必要とされたことが、あんたを騙して陥れることだった!」
『……玲華』
「意味分からなかった。友達のフリなんてっ、そんなのっ。一番憎んでいる相手にっ、でも、私も愛されたかったんだもん!あの人にっ……お母さんにっ……」



その声が、夜の土の中に、落ちた。







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