景吾がまっすぐこちらを見たとき、彼の瞳から滴が落ちた瞬間。
私の目の前が真っ白になった。


『……け、いご……?』
「俺はっ……俺は、お前に何もしてやれなかったんだ。あの日、あの事件の数日後にお前が何者かに誘拐された時も、帰ってきたと思えばその前後の記憶が無かった時も、お前の性格から話し方から思考まですべて変わっていた時もっ……俺は、……何もしてやれなかったんだ……」


ゆっくりと、ゆっくりと。彼の手が私に伸びる。その皮膚の一部が触れたときに反射的に体が跳ねた。



「お前が人体実験に使われてたことを知って、俺は絶望した。その研究員とやらを全員洗い出して、地獄なりへと落してやろうと思っても力が無かった。……だから、せめてお前が消えてしまわねえように、……○が、二度と苦しみに沈まねえように……ただそれだけ考えてきた」

『や、めて景吾。……私、私っ』

「事件のことを一人で背負い、その体に酷い仕打ちを受け、記憶を失ったことすら気づいていないお前はあまりにも痛々しくて……それでも、お前は何度一人で生きることを選んだ」

『……け、いごっ』

「だから、頼む」



俺を、これ以上お前から離さないでくれ。

懇願するように振り絞られた声に、私は彼の胸の中に飛び込んでいた。その胸は、いつから私の記憶の中に存在したものなのかはわからない。だけど。



『景吾っ』

「……ったく……言っただろうが。お前が従姉妹じゃなかったら、嫁にしてやるって。……俺は、そんくらいお前自身を想ってるんだ。そんくらい理解しやがれ」



景吾は、今ここにいる景吾は今の私を受け入れてくれている。
そのことが、言葉にすることができないほど嬉しい。
彼のぬくもりにそっと顔をうずめたままで、私は大きく息を吸い込んだ。
確かに私は、人体モルモットだ。それは変えようのない事実。
それでも、今の私を受け入れてくれている人がいる。それだけで、いいじゃないか。










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