あと少しで唇が触れそうになった瞬間に、がしゃんという鈍い音が響いた。
扉を開く音。
驚いて音のした方向を見ると、其処にぜえぜえと息を切らした景吾の姿を確認した。……と同時に、彼ががんがんと生徒会室に侵入してきて、ぎりぎり音がしそうなくらいの力で神原さんの胸ぐらを掴みあげた。


「てめえっ、どういうつもりでノコノコと玲華の前に現れやがった!!」
『……っ、け、景吾っ、ちょっと』
「かまわない玲華。……殴られてもかまわない覚悟で来たんだ」


神原さんがそう言うのを待っていたように、がつりと鈍い音がした。まさか本当に殴るとは思わずに目を見開いた私の前で、息をきらしたままで、真っ赤な顔をした景吾は、床に叩きつけられた神原さんをぎりりと一回睨みつけた後で私に目を向けた。
滝のように汗をかいて、息を切らしながら真っ赤な顔をしている景吾なんて滅多に見た事なんてなくて、思わずまばたくと彼は私を迷いもなく抱きしめた。ふわりと懐かしい匂いがしたその数秒後に、すぐに頭に浮かんだのは「人体モルモット」のその単語。咄嗟に身をよじって、力加減も何もせずに彼の体を突き飛ばして、私は後ずさった。


「……玲華……?」
『来ないでっ……ち……がう……違うっ……来ないで、……』


頭が混乱する。私は悪い事をしたわけじゃない。だけど、私は景吾が守ってきた「玲華」じゃない。人体実験という過程で作られた人格なんだ。それだけで自分が酷く汚れている醜いもののように思えて仕方が無い。彼らの言葉がぐわんぐわんと私の中で何度もループする。


『わ、たしっ……私は、景吾が知っている玲華じゃない。景吾が触れる価値、なんてないんだよ』
「……神原、お前玲華に何を吹き込みやがっ」
『神原さんは悪くないっ! ……私っ……違うっ……違うの、景吾っ』


言葉が続かない。自分が人体実験をされていると知った途端に、なんだか怖くなった。自分自身がとてつもなく汚い存在なんだと震えが止まらなくて、それ以前に、景吾は今までと全く性格が変わってしまった私のそばに当たり前のようにいてくれたことがどんだけ幸せで、どんだけおこがましいことなのかを気づいてしまった。
そうなったら、自然とその手から逃げるように体をひねってしまう。
来ないで。いや、一人にしないで。私なんかに触れないで。お願い見捨てないで。
二つの感情が、ひっきりなしに体を支配してがたがたと震える私の前で。


「……頼む、……これ以上、一人で抱え込んでんじゃねえよ……」


彼が、消え入りそうな声でそっとつぶやいた。







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