その言葉が聞こえた時にはすでに目の前にスーツ姿の男が迫ってきていた。本能的に危険信号を放つ体を必至で動かし、距離をとるべき後ずさるけど、人数的にフリすぎる。いや、ここに他の客が来たらこの人達も変な行動を起こすことは出来ないはずだ、と必至に周囲を見回すと、数メートル先に姿が見えた。叫ぼうか。いや、でも。おとなしく捕まるわけにはいかない。だけど逃げて誰かに迷惑をかけるわけにもいかない。確実にこのままじゃまずい。せめてもの虚勢に相手を威嚇するように睨み付け、唇を噛み締める。
その様子を見た一人の男が、小さく口を開いた。


「今の貴方の人格は、「人の手」によって作られました」

『……は?』

「責任感が強く、誰の手も借りず自分の力で生きる。常に人の上に立ち、他人を導く。そうなるように仕組みました。その性格が一番面白い程に櫻井玲華という人間とは真逆のものでしたからね。実験の結果、貴方は会長となり、人から一目おかれるような存在になった」

『っ、ちょ……ちょっと待って。一体なにを……』

「……つまり、今の貴方と過去の貴方が違うのは当たり前だということです。今の貴方は都合のいいように作られたに過ぎませんから。全ては……」


この人は何を言っているのだろう。意味が分からないと反抗すべきなのに、よく分からない感情によってその行為が自制される。これ以上何も聞いてはいけないと体が言っているのに、声が響く。


「この世界に我々の研究成果を示すため」

『な……にをっ……』

「人間の性格、つまり人格を投薬により変えることが可能かという実験をあの事件の後に行いました。数十回による実験と投薬による人格強制。……実際今の貴方は過去の貴方と180度違う性格、思考を持っている。まさに実験の成功です! 人間の人格を変えることが可能なのだっ!」


まるで何かの小説を読んでいるのではないかと言うほどに、現実とはかけ離れすぎた言葉。人格の強制? 人の手によって作られた人格? 頭がついていかない。いや、ついていきたくない。


「言っておきますが、今の貴方に皆が優しくするのは「過去の貴方」を愛していたからだ。別に今の貴方を愛するものなど居ません。人体モルモットの癖に、愛されようなどおこがましい」

『っ……煩いっ』


呼吸が乱れる。これは私を揺さぶるための話術なんだと自分に戒めるのに、体が震える。


「過去の貴方は今の貴方と正反対の人間だった。幸村精市が言っていたように「聖母」と呼ばれるほどに慈悲に満ち、皆に愛され皆を愛していた。優しい心をもち、常に誰かの後ろをついて歩くように謙虚な態度。……だけど今の貴方は違う。他人を愛そうともしない。脆くて壊れるなどたやすいというのに必至に虚勢を張って自分を保とうとする。誰の手も借りずに生きているような顔をして、強気にふるまい、一人で孤立をする」


ずらずらずらとよくもまあそんなに出てくるものだ。いつもならばそう思えるのに、体からどんどんと力が抜けていく。私が全部見透かされている。私の全てを、把握されている。


「人を寄り付けずに、過去に捕らわれているくせに過去を知らない。父親は狂い、母親は殺人犯。覚えている記憶さえも危うく、他人を本気で信頼することもできない。そんな貴方を皆が皆哀れんでいるから傍にいるだけということを何故気づかないのですか?」

『煩いっ、やめてっ!!』

「一人で生きてきた? 馬鹿馬鹿しい。そうなるように仕組んだにすぎない。我々の都合の良いように。……貴方は、我々が行った実験の成功をこの世に知らしめるモルモット以外の価値はありません」


やめて。やめてやめてやめて。
違う、私は作られた存在なんかじゃない。違う、やめて。これ以上何も聞きたくない。崩れ落ちそうになる体を必至に押さえ込んで、もう一度歯を食いしめる。


「……いずれ、迎えに参ります。世界に我々の研究成果を発表するその日に、愛おしいモルモット」


不意に一人がそんなことを口にした。その口元が小さく笑っていたのを見て心底気味が悪いと思った。その男がくすくすと笑いをこぼしながら去っていくのを追うように他の男も遠ざかっていく。その背中が建物の陰に隠れ
て見えなくなった頃にやっと呼吸を吐き出し、私はそのままその場に崩れこんだ。









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