※過去拍手

暗いところが怖い。
だって、自分さえ見えないから。

そう呟きながら俺の体に腕を絡めてくる彼女は、どうやら今は甘えたい時間らしい。
いつもは、自分のことは自分でできる、なんていう風貌で、クラスで頼られ、信頼が出来る、なんていう理由で先生らに頼られ、完璧とも言えるはずの彼女。

その彼女が、今、俺の体に全てを預けて瞳をつぶっている。

誰も来るはずがない空き教室の鍵を簡単に開ける俺の背中を冷めた目で見ていたくせに、中に入って二人きりになった途端これだ。


「疲れちゃった」

「人間関係に」


彼女の声を少し真似てやると、彼女は、くすぐったそうに目を細めた。
ああ、そんな無防備な顔をして、俺の胸に擦り寄られて我慢できるほど、俺は男としてできとらんのにのう。

柔らな肌が俺の少し出た鎖骨に触れ、桃色の頬が俺の胸元にかすった。


「仁王」

「ん?」


黒い髪。
本当は茶髪に染めたいのだと言う彼女の本当の顔は、今のこの気だるげな顔。だけど、誰も知らない。彼女は、演じているから。

生徒に、教師に。この世に。

そして、その彼女の「本当」を手に入れた俺が、唯一許されたのは、この無気力な彼女を抱きしめ、その声を聞き、沈んだ瞳の中に映りこむこと。


「現実を見たくないの」

「なら見んでええよ」

「仁王が優等生演じてくれる?」

「おまんがそれを望むなら」

「……嘘吐き」

「詐欺師やけんのう」


知ってるよ。
少しだけ満足そうに呟いて、そう言った彼女は、俺の顎に一瞬唇を触れさせると、虚無に満ちた顔で瞳を閉じた。


「……寝てもいい?」

「ええよ」


安心したのか、彼女の唇から零れてきた寝息と、俺の名前。

せめて、夢の中では気まぐれで虚無に満ちた君が、本当の自分をさらけることが出来る幸せな世界で笑えますように。

薄く開いたその君の唇に、ゆっくりと自分の唇を押し付けて、囁いた。


「今だけは、本当のお前でええよ」


それが、俺が手に入れた最大の役目。



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本当の自分を見せてくれることが、一番嬉しいのは俺だけでいい、っていう仁王の話。



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