「蓮君」


俺を呼ぶ声が耳を伝う度に、果てしなく高鳴る心臓を感じる。

ただ名前を呼ばれているだけだ。実に単純で、簡易な響きと行為に酷く体が熱を持ってしまう。

彼女はかつて俺のものであった。俺だけに向けられた瞳も、俺だけに囁かれる声も、底のない穴のように延々と俺を縛りつけた。

彼女自身にその自覚はないだろう。しかし、俺にとっては、ただ彼女が俺の名前を呼ぶだけで、恐ろしい絶頂を呼び覚まさせた。

その彼女が。俺だけのあかりが……俺に頬を赤らめながら、漏らした台詞。


「ねえ、蓮君」

「どうした姉さ……」

「幸村君って……学校では……どんな、子なのかな」


嗚呼、世界が終わる音がする。

今まで見たことがないようなほどに色づいた頬と、姉ではなく女の顔をした彼女が俺を、俺の心を殺す。

聞きたくない単語。
愛おしく震える声。

愛おしくも狂おしい貴女は、もはや俺のものでは無くなったことを知らせる断末魔の叫び。

思いをはせるのは、遠い昔に確かに交わした約束。


『ぼく、あかりちゃんとけっこんするっ』

『ほんとーに?』

『ぼくがあかりちゃんをしあわせにするからね!』

『ほんとーに?ありがとう蓮くん』


もう、叶うこともないだろうその約束は。


「蓮君、私幸村君と……つ、きあうことになった……んだ」



もう、なんの意味も成さない。



足掻く熱帯夜



気づけば俺の側に貴女はいない。





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