電車が目の前で、マヌケな音を鳴らして駅を離れていく。


「あー……」

「やっぱりあの電車やったなあ」


呑気にそんなことを言いながら後輩君は、「寒い」とかなんとか言って、ネックウォーマーに首を竦めた。
やっぱり、黒のネックウォーマーは財前の白い肌に合っていて、凄くいいと思いながらも、あと30分はこの寒空の下で何をするでもなくぼんやりしとかないといけないことに少しげんなり。


「やから言ったやないですか。3番ホームやって」

「電車のサイレンが聞こえた後だったけどね」

「ま、しゃあないっすわ」


いやいや。しゃあないことないからね。なんで、こんな寒空の下で、待たないといけないのさ。
……まあ、私が、来る途中に忘れ物をして一度家に戻ろうかどうしようかを迷ったからいけないのだけども。


「っくしゅ」


嗚呼、なんだか申し訳なくなってきた。財前もこんなに寒そうだし。


「……財前、ちょっと待ってて!」

「今も十分待っとるんすけど」

「いっ、いや、そういうことじゃなくてっ、此処にいてねっ」

「電車待たなあかんっすからね」


それ以上はいくらでも返されると思って、急いで向かうのは自動販売機だ。此処の自動販売機にあれが売ってあるのは知ってたから。

かじかむ手でボタンを押して、ガコンという音と寒い分熱く感じるカンカンを手に財前の座る席に……。


「わっ」


勢いよく振り返った時、誰かとぶつかった。
そこにいたのは、スーツ姿の人。爽やかな雰囲気のその人は、なんだか誰かに似ている気がする。誰だろう。あ、財前だ。なんかきっと財前がスーツ着て、真面目になったらこんな感じになりそう。
やだ。そんなこと考えたら、目が離せなくなりそうだ。

って、そんなことよりもまず、若いサラリーマン風の人に謝ろうとしたけど、ぐい、と体が傾いた。


「なっ、なに」

「浮気するから待っとってってことっすか??」

「財前?」


苦笑したサラリーマン風の人が立ち去ったのを確認する間もなく、財前が私の肩に顔を埋めてきた。少し冷たい鼻が微妙に外気に触れている私の首に触れて、体が跳ねた。


「ちょっ……財前っ……」

「寒い」


ぼやいた財前に手の中にある、忘れかけていたものを渡して、温かさを渡す。


「……なんすか??」

「いや、そのね私のせいで、寒い思いさせてるから……財前の世界一好きな善哉っ」


ジャーン、と口で言ってみたものの、背中側にいる財前の表情は分からない。
電車が来るまでまだまだ時間がある。だから、飲んでいいよー、あれ、食べる、だっけ??
なんて言う予定だったはずの私の肩に顔を埋めたままで財前は、ぎゅうぎゅうと私を更に抱きしめてきた。

前までは、可愛い後輩だった財前も今は私の彼氏としての財前。
それが嬉しいようで、だけど抱きしめられてることが恥ずかしくて思わず顔を赤らめると。


「ちゃいます」

「は??」


なんだか少し拗ねたような財前の声。ちょっと可愛いって思っちゃえるくらいの声になんだか顔がにやけそうになる。それにしても、何が??  何が違うんだろうか。


「善哉は二番や」

「……は??」

「あー、先輩ええ香りするなあ。洗剤アタックなんか??」

「いや、うちはレノアで……ってなんの話しっ?!」


財前の鼻頭がまた首筋を掠める。洋服同士がこすれあう音に少しこっぱずかしくなりつつも、強まる腕に微かに頬を寄せた。


「一番はあんたや」


一瞬何を言ってるのかが理解できずにほうけていると、少しムスリとした財前の声。


「鈍感」

「はっ?! ってなんで怒って……」

「この善哉口移しで飲ませてくれたら許したりますわ」


口先で囁いてきた財前に、善哉なんて買ってやるんじゃなかったと小さく後悔しつつも、ちょっとくらいならいいかな、なんて思っちゃう私は彼がやっぱり好きなんだな。

二人で気長に待つ電車。
この時間が少しでも長引くために電車なんで遅れてしまえ、と空におまじないをかけたいと財前に冗談混じりで言うと。

かえってきたのは。
甘い甘い口づけの味。






「財前と善哉と洗剤」

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財前と駅のホームでいちゃいちゃさせたかったって話し。
















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