初恋は実らない、とはよく言ったものだ。
決して実ることのない果実だと知っていたら、俺はその木を育てる事も泣く放っておき、誰にも気付かれないようにさらさらとした砂地に返していただろうに。それに気づいた時にはもう彼女から目が離せなくなっていた。
むけられる笑顔から顔を背けようとするたびに、視線だけがただキミを捉えようと蠢いた。
俺のこの手じゃ、彼女の白い肌を、透き通るほどに繊細な声を、溢れんばかりの微笑を……壊してしまう。怖い。この想いが。もう、手に入る事のない彼女だからこそこんなにも想ってしまうのか。それとも、略奪によって得ることの出来るかもしれない彼女だから狂おしいのか。おそらくもう、彼女は覚えてなんていないだろう。俺の存在など。幼き頃に交わしたあの約束なんて、子供の戯言。


『いつか、ぜったい、けっこんしようね』
 


そうは分かっている。分かっているからこそ、燃え上がり、煮えたぎるほどにあふれ出す感情。果てることなく燃え続けるこの想いがいつか彼女自身をめちゃくちゃにしてしまいそうだ。それでも微かにのこった理性が俺を駆り立てる。
相反する二つの感情に目を細める。
嗚呼、向こうに手をふる彼女が見える。愛おしい、愛おしい、何よりも何よりも……愛おしい。願いは唯一つ。もう一度、その唇で、その声音で、俺の名前を……。


当然のことながら勝ち続ける氷帝学園テニス部を示しているトーナメント表に目を通し、なんだかよく分からないままで、溜息をついた。しかも、どの試合も完全的に勝ってるってどうゆう話や。


「全くもって怖いもんやなあ」
 

テニスだけではなく、他のスポーツまで完璧なんて、恐ろしいもんや。まあ、跡部君はイギリスにいたらしいし、それに付け加えぎょうさんの金をもっとる坊ちゃんやからな。他のスポーツをしようと思えばすぐに出来る環境にいる。そして、そう呟いた俺の遥か向こうの椅子に座っているのは、先ほどからこちらを妙に威嚇している宍戸兄。
そない睨まれたら、手も出せへんし。……これ以上縄に縛られたままは嫌やしな。さっき、俺を哀れんだ氷帝の鳳君が、縄をこっそり切ってくれんかったら、俺はこの話でただの変態になるとこやった。縄で縛られたままって、それは人権の侵害意外の何ものでもないやん。

それ以前に、なんで宍戸君は縄なんて常備しとんねん。俺を縛る気まんまんやないか。……チョオ待て。俺たち四天が来るのはサプライズやったわけやから、宍戸君は俺がまさか此処にくるなんて知らんかったはずや。ちゅうことは、……毎日俺を警戒して、縄を準備しとるっちゅうことか?
俺どんだけ嫌われとんねん。
まあ、亜衣子と付き合っとることを初めて宍戸君に言った時も殺されかけたけど、未だに殺されかけてる俺は彼氏として認められる日が来るんやろか。 
どう考えても先行き不安や。というよりも、俺の命の危機や。確かに人生においてスリルは大切やとは思うとるけど、こないスリルはちょおと心臓に悪いもんや。いや、大分悪いな。時折、ほんまに殺されるんやないかってくらいの殺気を感じる。
そしてその隣に座っているのは、彼の妹である亜衣子。

彼女は、遠距離恋愛とは言え、俺のことをちゃんと想ってくれている大切な少女。大阪と東京なんて、新幹線で行けば簡単に行ける距離とはいえ、俺らはまだ学生や。そない毎回か毎回会えるわけでもあらへんし、それ以上に姑……じゃなくて、兄貴である宍戸君の存在がある。そんな苦難に満ちた俺らやけど、亜衣子が俺に笑顔見せてくれるだけで俺の心は絶頂や。そんじょそこらの女じゃ、俺の彼女には適わへん。天使が舞い降りたって言っても過言じゃない。
そしてそして……俺のスウィートスウィートガール。地球上の他の生物なんか絶対にかなわんくらいの、めっちゃくちゃ可愛え最高級のマイガール!


「そしてその亜衣子を得た俺は完璧のエクス……」
「って人の回想に何勝手に入ってきとんねん!」
「あれ、違ったの?」
「ち、違わへんけど……。突然なんやねん幸村君」


 蒼い癖毛をさらさらと揺らしながら、どこか愉快そうに笑う幸村君に溜息混じりに言うと、彼は腕を組みなおした。


「んー、なんか亜衣子を見てる君が面白かったからね」
「何がや」
「……表情」


絶対馬鹿にしとるやろ。けらけらと笑う幸村君は先ほどまで試合をしていたのにも関わらず、汗一つかかずに涼しい顔で笑った。




22章


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