夢を見ていた。
ひどく、痛いほどに優しく甘い夢を。愛おしい彼女が、一番愛おしい顔で笑いかけている夢だ。乱れ咲く桜の木。薄紅色の花弁が舞う中、幼い二人の姿が鮮明に輝きを放っている。汚されることを知らない純白でいて純粋なその笑み。声。名前を呼ぶその麗しい瞳。 あと数センチ。手を伸ばせば届く短い髪。白い頬。
しかし、さざめく風につられ開いた瞳の先に広がるのは見慣れた世界で、決して先ほどのまでの夢世界が現実ではないのだと苦笑が零れる。
太陽の光が、金色の糸となり地上をすべる。目を閉じれば再び聞こえてきそうなその囁きは、いつのものだったかゆっくりと瞳を開けて再び苦笑をこぼす。遠い昔の思い出だ。いや、思い出と呼ぶにはまだ新しいようで、自分の中でその記憶の破片が時には刃のように、時には花びらのように胸を焦がす。
あれは恋だったのか。ただの情だったのか。それを考えるには少しまぶしすぎる光の粒が、じんわりと指先から伝わる。もしも今、この風の届く先にいるとしたら、その姿を見つけることが出来るとしたら。


「    」


口にした名前はあまりにも胸に染みた。嗚呼、どうしたものか。今更お前を抱きしめたい、なんて思うなんて……。



『え?』
「どないした。亜衣子」
 

声につられて、隣を見上げた亜衣子の瞳に、暖かい微笑が映える。まるでその場所だけ流れる時が違うのではないかというほどに、優しくそれでいてゆっくりと。白石が微笑みをこぼすと少女から小さな反応が零れ、彼はその脈動を感じるように再び照れたように微笑をこぼす。


「そない照れんでもええやろ?」
『だ、だって、しら、いしさん』
 

漆黒の瞳は微かに潤んでいる。しっとりとしたまつげの奥で揺れ動く瞳の中に映る情けない顔をする自分を思い、白石は苦笑した。久々に会えたというのに、彼女を思うままその腕に抱くことすら、悩ましいほどの距離を感じる。それは、ココロの距離、と簡単に言ってのけるほどのものではない。
まるで物理的に壁を作られているような感覚に頭の先から足のつま先まで蜘蛛の糸に絡まり、動けないようだ。ただ愛おしい想いが溢れては、口先からあふれ出す。


「好きやで。大阪に戻ってからも、ずっと亜衣子以外は考えられんくて一苦労や」


昼も夜も、そう付け加えると、亜衣子の頬にまた再び少し紅がさす。


『そ、んなこと……』
「お世辞、ちゃうからな」
『っ、もう……』


少し上気した頬に、この手を伸ばす事が出来たなら。その小さな体を抱きしめる事が出来たなら。白石は其れだけを悔いるように、小さく唇を噛みしめ、眉を小さく潜める。


「だから……頼む……一生の頼みや」



白石はそっと言葉を振り絞る。そしてその言葉の先にはひとりの姿があった。




16章


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