私が一番じゃないことくらい知っていた。
だって、彼がすきなのは「私」ではなくて「人間」なのだから。だけど私だけは何か特別なんじゃないかって思っていた。
それを口にすると、彼は一度きょとんとした後に盛大に笑い始めた。


「なるほど。君は自分だけは特別なんだと思ってたわけか! なに? キスしたからかな? それとも俺のベッドで一緒に朝を迎えたから? 残念。君は気付いてないかもしれないけど君が来る数時間前にここに、とある子がいたからね」


よくもそんな動く舌だと思いながらも、私は一人で呆然とした。臨也の言うとおりなのだ。確かに彼は人間に興味があるのであって、私が特別ではないということは知っていたのだけど、キスをされた瞬間にそんな概念は綺麗に消えてしまったいた。もしかすると、私は他の誰よりもこの男に愛されているんじゃないかって。そのまま、甘い囁きをこぼされながら「ここじゃなんだから、俺の部屋に行こうか」と言われた瞬間に、この人の心を手に入れたと思った。
幸せで、優しく触れてくれる度に「好き」とこぼしてしまうほどにおぼれた。
だけど、一つだけ違うよ。
臨也がここに他の女の子を連れ込んでいたことなんて私は知っていた。ベッドに押し倒された時に、彼じゃない香水の匂いがしたのを気づいていた。
いくら綺麗にそのベッドが手入れをされていて、髪の毛一本も落ちていなかったとしても私には分かったの。だって、彼の香りごと愛していたから。

それでも、信じたかった。疑いたくなかった。だって、これ以上なにも失いたくなかったんだもん。
だけどそれは違った。「愛している」は私の「人間」としての一面を客観的に見たかったからなんだね。
嗚呼、馬鹿みたい。


「あれ、もしかして泣いちゃう? 残念だけどさ、君は実に滑稽なほどにつまらない。もっと俺を楽しませられるようになったら、また抱きしめてあげるね」


だから、泣かないでくれるかな、面倒だし。
そんな言葉を惜しげもなくどんどんと口を滑らせる彼の声は憎らしいほどに愛おしいものだった。きっと臨也は今の私の様子を見ながらも「つまらない」と思ってるんだろうな。彼の特別になりたいくせに、彼の特別になれるような反応なんて出来やしない。こんなにも女々しい自分に嫌気がさすけど、離れたくない。


『っ……やだ、よ』
「なにがやなの? 言ってみてよ。ちなみに君を抱く前に抱いた女の子は「私だけを特別扱いしてくれないとやだ」って言って、折角出してあげた紅茶のカップを俺に投げてきてね。いやあ、ヒステリックな女の子っていうのは興味深いね。普段はあんなに甘ったるい声出すくせに、急に性格変わったみたいになってさ」
『やだ、よ……臨也っ』


離れたくない。別れたくない。
騙されてたままのほうがよかった。何も知らないままのほうがよかった。
いっそのこと、無垢な少女のままでいたかったのに。
私は、あふれ出してくる涙をぬぐうこともしないで「ばいばい」とやっとの思いでこぼした。
玄関でみじめったらしく靴をはいて、もしかして「待って」って言ってくれるんじゃないかって思った時点で私の負けなんだよね。
こうなること、あなたはわかっていたの? なんて。そんなこと聞くだけ不毛だと思いながら私はその部屋を出て行った。







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