守られるだけの女なんかになりたくないと思った。
だから、彼の元を離れた。

そう言ったら過去同じ教室で授業を受けていた友人は「相変わらず考え方が変わってるよね、なんていうか君のほうが男前だと俺は思うよ」と言いながらも慰めと言う名の嘲笑を浴びせてくれた。変わってるのはあんたのその真っ黒すぎる格好のほうだと思うんだけど。あと思考とか趣味とかその他もろもろ。そんなことを心の中で考えながらも私は一つ息を吐いた。結局私は、静雄に守られてばかりだった。それは変えようのない事実。あの平和島静雄の彼女であるのだから、柄の悪い連中に絡まれることも、妙な奴らに囲まれることも覚悟していた。そんなこと付き合えるのならば乗り越えてやろうとぐらい考えたいた。だけご、結局私はその度に静雄の拳を痛めさせるだけの存在でしかなかった。


「おい、静雄、お前の彼女がどうなってもいいのか?」


そんな台詞で静雄を呼び出す彼らは無謀すぎると毎回思っていた。だけど、思うだけしか出来ない私は所詮ただの弱い人間で、男達を蹴散らす事も、かといって女々しい少女のように泣き喚くことも出来なかった。
ただひたすらに、私のために大嫌いな暴力を使う静雄を見て、一滴の涙を流していた。ごめん、とも。ありがとう、とも言えずに私は瞳を閉じていた。


「つまり君は、シズちゃんにこれ以上暴力を使わせたくなかったからシズちゃんと別れたわけだ! 嗚呼、人間って面白いよねっ。あんな喧嘩人形のためを思って別れるような人間もいれば、俺みたいに奴を殺したいくらいにしか考えてない人間もいるんだから」


高らかに笑う折原は、目の前でなにやらくるくると回っている。その様子を見るのも億劫で目を逸らした先に見えるのは暗闇。廃墟のビルの屋上で、それも深夜にこんな男と鉢合わせするなんてついていない。ここは一人になれる穴場と思っていたのに。いや、もしかしてこの男のことだから、私がここに来るのも情報として掴んでいたのかもしれない。静雄にこんなところ見られたら、それこそ大喧嘩の発端になりかねない。……今は、何も関係無いけど。
ぼんやりと夜空に目をやり星を眺めていると、にゅ、と折原の顔。


『っ、な、なに』
「そうやって君はシズちゃんの為に別れたと思ってるけど、そういうのって結局は」
『……そうよ。自分のためよ。自分と言う存在のせいで何かを引き起こされるのが嫌だったの』
「……へえ。やっぱり君は利口だよね」


なんでシズちゃんなんかのために三年も費やしたのか分からないや。折原はけらけらと笑う。そうだね。なんでだろうね。仕方ないよね。……だって好きだったんだもの。私を守るために喧嘩をする静雄ですら愛おしかったの。全てを終わらせた後で、さっきの人と同じとは思えないほどの弱弱しい腕で私を抱きしめながら「悪かった。ケガしてねえか?」と聞いてくれる静雄が何より好きだったんだもの。だから、これ以上火種になんてなりたくなかった。私のせいで嫌いな暴力を使うくらいなら、私がいないほうがマシだと言い聞かせて、必至に自分の感情を押さえ込んで別れを告げた。彼は「わかった」としか言ってくれなかった。


『結局、私に対する罪悪感しかなかったんだろうな、静雄は。だから毎回あんな必至になってたんだろうね』
「……あのさ、一応君の数少ない友人の俺から一言言うとすればさ」
『なにさ』
「りんは、本当馬鹿だよね」


その台詞と扉が夜空に舞ったのはほぼ同じで、閉鎖するものがなくなったその空間にぜえぜえと息を切らしながら立っているのは間違えなくバーテン服。


『は、えっ……な、んで』
「クソノミ虫! ……今回ばかりは見逃してやるからそこどけ」
「酷い言い方だなあシズちゃん。この場所教えてあげたのは俺なのに。まあ、シズちゃんから電話であーんなこと言われたら、そりゃ……」
「うっせえ! 黙ってそこどきやがれっ」


けらけらと笑う折原が一度私のことを見て「俺の友人としてのほんの少しのプレゼント」なんて言い出したものだから少々怖かったのだけど。それを抜きにしたら今ここで一番怖いのは静雄だ。池袋最強と呼ばれている男は私のもとへずんずんと近づくと、がしりと私を抱きしめた。って。


『いっ、痛いっ、ちょっ、折れるっ折れるからっ』
「知るか」
『ちょっ、ほら、折原が逃げるよっ、早く追っかけな、』
「離れるんじゃねえよ」


小さい小さい声。私を助けてくれる時に囁かれていた謝罪の言葉よりももっと小さく震えるその単語は、私の鼓膜でほんの少しの熱をもって爆ぜた。


「迷惑だとか、んなもん関係ねえだろうがよ……頼むから、離れねえで、くれよ」
『し、ずお?』
「ってか離れるなっ、好きだっ、頼むっ、離れねえって言うまで離さねえっ!」


なんなんだこの理不尽な大男は。そんな憎まれ口を叩こうとも思ったけど、どうやら涙腺がそうさせてくれない。「静雄、折れちゃうよ」そんな言葉にプラスアルファーで彼の背中にそっと手を回すと少しだけ揺るまった腕の力を感じたその数秒後に小さな口付けが落ちてきた。
もう、離れてなんてあげないんだから。そうしてくれると助かる。あああ、もう静雄大好き。そうやって無限のループの中でまた悩むこともあるだろうけど、今この瞬間の幸せを忘れなければ何とかなりそうだ、なんて私も少しどうにかしているかもしれない。








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