人類が、初めて月面到着を果たした頃。
それ以前から続いていたであろうこと。いや、絶対的に続いていた事を、果てしもなく遠くからの力で左右されている気がして、反吐が出そうだ。
所詮、強い奴が生き残り、弱い奴は消えていくしかない弱肉強食の世界に存在している限り、甘いことを口にしたままで生きることなんて叶わない。その定理で言えば、弱者は傷付き強者は傷付かないという風にも捕らえられるかもしれない。しかしながら、現実的にはそれは違う。相手の頬を殴った時に少なからず殴ったその甲の皮膚が赤くなるように、強者だとしても傷を負うことは免れない。


『つまり、私が何を言いたいのか分かる?』
「あー……全く」
『……だーかーらっ』
「うおっ」


私は静雄に所謂馬乗りをしながら、その頬にそっと手を添えた。また今日もいつものように標識を振り回したり、ゴミ箱を飛ばしたりしていたらしい彼は、なんと今日は頬に小枝をさして帰ってきた。「悪い、あのさ、ボンドとか、瞬間接着剤とかあるか?」とか言ってきたものだから、思わず「馬鹿静雄」と言った私を誰が責めようか。
とりあえず新羅の所に連れて行こうと思って腕を引いたら、「別に痛くねえ」の一点張り。
さすがに、それには怒りを通り越して悲しくさえなってきて、恐る恐る小枝に手を伸ばしてそれを抜く。勿論手元に用意していた消毒液とガーゼをすぐさまそこに押し付ける。静雄と暮らすようになってから手当ても慣れたものだけど、それとこれとは話が別だ。


「おー、サンキューな。よし、これで仕事いけ、……りん?」


私はその体勢のままで静雄の首筋に顔をうずめた。血の匂いがする。土ぼこりの匂いがする。そして、静雄のタバコの香りが、する。


『っ、分かってるよ。静雄は強いっ、強い、けどっ、好きな人が、傷付いてっ、帰ってきて、私はっ、それだけで、苦しくてっ、痛くてっ』
「……悪い」


分かってる。分かってるんだけど。ごめんね。聞き分けなくて、こんな泣き虫でごめん。泣きじゃくりながらそんなことをぼやくと「あー……」と気まずそうにうめく静雄の声がした。


『っ、ぐす、ごめん。仕事、だよね』
「あ、ああ」
『いってらっしゃい』
「あー、その、そうじゃなくて、だな、その」


悪い。素直に、そういうの嬉しい。
少し頬を赤くして目線をずらしながら言ってきた静雄があまりにも可愛らしくて、私は涙が残る頬のままで彼にまたダイブしながら「好き」を叫んでやった。いつの時代だって、愛しい人に愛しいと言うものだ、と誰かが言った。








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