『じゃあ、捕まえてみてよ』


少女は悪戯に微笑んで俺の前で一度ぴょんと上に跳んで見せた。別に彼女は魔女っ子なわけじゃないから空を飛べるわけじゃない。でも、なんだか今にも宙に浮かんでしまいそうな予感がして俺は勢いよく手を伸ばした。しかしながら掴むのは無味無臭な空気。いや、ほのかに残った栞の香りは俺の腕の中にある。
不意に顔を上げると、先ほどよりも少し離れたところに栞の姿。一体今の短時間でどうやってあそこまで移動したのか、と言うほどに機敏な動き。決して自分自身も瞬発力が無いほうではないとは思っている。それを抜きにしてもまさに。


『魔法使いみたい、かな?』
「……んー、というか、人間離れって感じで……まさか栞っち神様みたいな?」
『あは、ばれちゃったか』


彼女は可笑しそうに笑うと、俺の名前を一度呼んだ。その薄い色の唇から紡ぎだされただけで自分の名前がこんな響きをすることに驚愕すると同時に愛おしいという感情が欠陥したダムのようにあふれ出した。
嗚呼、愛おしい。手に入れたい。
そう望むのに、掴もうとするとまた彼女はするりと逃げていく。


『ねえ、涼太。私もう帰らないといけないの』


その声があまりにも神聖なものだったから咄嗟的に飛びつくようにその体に手を伸ばした。だけど掴んだのはまた空気。
だめだ。身体の中から吹き出る危険信号は鳴り止まず、次に瞬きした時に彼女の姿は無かった。


「っ!!! っ、あ、っ、栞っち!!!」


振り絞るようにはなった声が響く。怖い。愛おしさに狂いそうなほど情を注いでいる彼女が消えてしまった。それだけで酷く不安で怖くて泣きそうで、がむしゃらに手を伸ばした先に。


『りょ、うた?』


そこに、おどけた顔をした少女。

「……あー、あれか、夢オチってやつっすね」
『え、な、何よ。どうしたの?』


首を傾げる彼女の膝の上で寝ていたというのに、あんな悪夢はあんまりだ。そんなことを思いつつこぼれた苦笑をみて栞は、くすりと微笑んだ。


『私は、ここにいるよ?』


そっと頬を包み込んでくれた掌の暖かさを思いつつもう一度眠りにつこうとも思ったけど、どうやらそうもいかず、俺は彼女の身体を強く抱きしめることに専念することになりそうだ。そしてまた同じ夢を見る。

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