あの日、よくわからない「幼馴染」宣言を受けてからというものの、こいつは依然と同じように家に遊びに来るようになった。
親のほうがこいつを気に入っているのが少々厄介というもので、そもそもノックしたからと言って、やすやすと男の部屋に入ってくるんじゃねえよこいつマジで。今までは特に気にしていなかったが、今となっては俺だけ意識をしているみてぇで、邪な感情が浮かびかけるたびに必死に素数を数える日々だ。
今日も今日とて俺の部屋に入ってくるなり口を開いてこの一言。
「明日、デートに行くんだけど、この服どうかな」
瞬間、俺の脳みその中では情報が遮断されて、これ以上何も考えられる状態なんかではない。
デート?どこのどいつと?俺の知ってるやつか?そもそもいつの間に彼氏ができた?
その台詞を背中で受けた俺としては、今更そっちを向くのもなんだか負けた気がして、そのまま、雑誌から目を逸らさずに、平静を装うので必死だ。
「べ、つに。なんでもいいんじゃないか」
そんなことをひとかけらも思っていない。
いや、てか、待て。よくわからねぇ奴とのデートとの服を俺に見せに来るってマジでどういう拷問だよ。振り返ったそこに立っていた彼女は、ふわりと裾を揺らした。
「ね、これ、どう、かな」
海色のワンピースを揺らして彼女は笑っていた。
シンプルなデザインのそのワンピースをまとった彼女が、笑っていた。
「変じゃない?」
制服でもない、練習着でもない。部屋着でもない。その服。
彼女の白い鎖骨や、柔らかそうな二の腕がさらけ出されたその服。
「……か、わいい」
「……笠松?」
目を丸くしながらこちらを見るその瞳に、思わず緩みそうになる顔を抑え込んだ。
何だこれ、なんで俺こんなに照れてんだよ、ガキじゃねぇんだから。
ああでも、初めて出会った頃には、笑顔がすげぇかわいいな、なんて。そんなことを思ったことを今思い出した。
あの時よりもだいぶ大人びた顔。薄く色づいた唇と、戸惑いつつも俺を映す瞳。
森山がよく言う運命だとかなんだとか力説していた気持ちが少しばかり分かった気がした。
「っ、か、かさ、まつ?」
嗚呼、やべぇ。こんな距離で見たのは久しぶりだ。
触れた肩は、思っていたよりも存分に柔らかく、ひどく細い。
後一歩近づけば、抱きしめることもできる。
「っど、どうしたの」
「……いや、」
触りたくなったから、なんて口が裂けても言えない。
自分が緊張しているのを思い知らされるように、触れている部分が熱くなる。
俺ばっかりがこんなに必死こいて莫迦みたいだ。
「……なぁ行くなよ」
俺の手の届かないところに行かないでほしい。俺以外の男に触れさせないでほしい。
俺の傍にずっといてほしい。
そんな簡単な言葉が口から出てこない。
その代わりに、情けないぐらい弱弱しい声で彼女を呼び止めた。
「っなんで、笠松がそんな事、言うの?」
そんな顔するなよ。期待してしまいそうになる。
「うるせぇ、んなもん」
「でも、もう明日行くって」
「断りゃいいだろ」
そんなにその男に会いたいのかよ。ふざけんな。他の男と仲睦まじく歩くお前の姿なんて想像しただけで胃の奥がむかむかする。
俺以外の男の隣で?そんな無防備な顔見せるってのかよ。
「行くな」
白い二の腕を柔らかくなぞると、彼女が面白い程に跳ねた。
嗚呼やべぇ、って。思わず生唾を飲み込むと思った以上に音が響いた。
男なんてしょせんくだらねぇこと考えてるやつしかいねぇってのに。
「っ、かさま、っつ、くすぐったい」
嗚呼クソなんだよその顔マジで。
「だから、っい、行くのは、亜衣子だよっ」
「……は?」
顔を真っ赤にした彼女に呆気に取られていれば、「笠松の変態!」なんて小さな反撃。
「はああああ?お前っ、そうならそうとっ」
「笠松が勝手に勘違いしただけじゃんかっ」
「デート行くってそんなうれしそうな顔してたら、好きな男と思うに決まってんだろうがあほが!」
「っ好きな人はデートなんかに誘ってくれるほどチャラくないの!っあ、」
何だよそりゃ。
「っ〜、おっまえ」
「い、今のなしっ、嗚呼もうやだっ、帰る」
「帰すかよ!!」


「っやめてよっ……もう、好きじゃ、ないんだから」
そんな顔して言われても、逆効果でしかない。

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