目の前に扉が3つ見えた。
目が覚めたらこの状況だったから、何が何だかわからない。とりあえずよくわからないままで開けた目の前の扉。眩しい光に包まれて、次の瞬間には優しい声が聞こえた。

「大丈夫か?」
目の前にいたのは真ちゃんだった。
いつの間にか見知らぬ部屋で、ソファで隣に彼がいた。いつものようなつっけんどんな声音ではなく、背中がむず痒くなるような優しい声音だった。
「真、ちゃん、近い」
「む。恋人に近づいて何が悪い」
「恋人?!」
慌てる私と、不機嫌そうな顔で「1年記念日も過ぎたというのに何を言っている」とだけ零した。彼はテーピングを丁寧にとると、さらけ出した指さきで私の頬を撫でた。
誰よりもその指の尊さを知っている私は、彼の言うことが嘘ではないことを悟った。
それと同時に、心臓の奥がつきりと痛んだ。
「私ね、……真ちゃんの事本当に尊敬してるよ」
「そうか」
「すごいと思う。シュートもかっこいいし、人事を尽くしているし」
「嗚呼」
だけどその瞳に見つめられるたびに、私の中で鷹の目をした彼の声がするの。
二人が笑いあっている中に私がいられること、本当に幸せに思う。こういう未来もあったんだろうと思う。だけど。
「真ちゃん、私行かないと」
「そうか」
少しだけ寂しそうに笑う彼の指を触らせてもらえたこと。これが夢だとしても私忘れないよ。だけどごめんね。私行かないと。
「今度また一緒に映画行こうね」
その台詞に彼は優しくうなずいた。
私は扉を開けた。

「おい、大丈夫か?」
「……あ、キヨ兄」
なんだ今度はいつも通りだ。なんて思ったのと、彼が私の唇に優しくキスを落としてきたのは同じタイミングだった。突然のキスに驚く私と「おいおい、大丈夫か」なんてもう一度聞いてくるいつも通りの優しい声。ナニコレ。いつもよりも距離が近い。スキンシップが多い。いやスキンシップなんてものじゃない。
「っ、ど、どうしたっの」
「どうしたもこうしたも、毎朝起きた時にキスさせてくれるってこの間約束したばかりだろ」
信じられない単語に目を見開けば、キヨ兄は至極幸せそうに眼を細めた。彼の首からぶら下がっているネックレスがやけに可愛らしくて、目の前のそれに手を這わせると、彼も同じように私の鎖骨に手をやった。私の首元にも同じものが付いている。
「こっ、これ」
「あ?……この間で付き合って5年だったろ?って忘れたのかよ」
少し不機嫌になったその顔がかわいくて、だけど近すぎる距離も、優しく腰のあたりを撫でてくれる大きな手もこそばゆくて、心臓がうるさい。
もう少し傍にいたいような、それでいてやっぱり。
「……キヨ兄、が、彼氏」
嬉しいのに、心の奥がつきりと痛い。大好きな彼が私を呼ぶ声が遠くから聞こえた気がした。甘ったるくて溶けてしまいそうな視線も、おでこに落とされる唇もドキドキが止まらない。だけど。
「私ね、……キヨ兄が好きだよ」
「ん?……ん、俺も大好きだよ」
いつもそばにいてくれてありがとう。守ってくれてありがとう。だけどねそれはきっと、好きの形が違うんだよ。私はね、私をどんな時も受け止めてくれる優しくて強くて大きな手が大好きだよ。
「私、いつものキヨ兄が好き」
口にして、扉のドアノブに手をかけた。
「俺も、いつだって、お前が好きだよ」
背中から聞こえてきた声に、少しだけ、ほんの少しだけ泣きそうになった。
だけどここで振り返ったら私きっと後悔する。
「ありがと、キヨ兄」
ドアノブをゆっくりとおした。

ドアを開いた瞬間、嗅ぎなれた香に包まれた。
顔を上げなくてもわかる。大きく息を吸い込んでそれだけで涙が止まらなくなる。
「ありがと、亜衣子」
彼の声がいつもよりも震えている気がした。理由は分からない。分からないけど私は涙が止まらなくて、うまく彼の名前も呼べない。
「っ和君に、会いたかった」
あの日私に手を差し伸べてくれたのは貴方だから。
私の事をいつだって太陽みたいに照らしてくれるのは貴方だから。
「っ俺も、……すっげぇ、会いたかったよ」
目を開ければ私たちは、一面の花畑に二人して横たわっていて、少し赤くなった鼻をこすりながら和君は優しく笑った。
「……ちょっと迷った?」
何に対して、とは彼は聞かなかった。
「……和君の声が、ずっと聞こえてたよ」
「っ、そっか」
頬に手を伸ばされて、そのまま抱きしめられた。花の香でクラクラしそうな私に、大好きな香りが混じって、幸せで体がいっぱいになった。
少し顔を傾けて、彼が私にキスをした。
触れ合うだけのキス。大好きって気持ちが凄く伝わってくるキス。
「俺も、お前をずっと呼んでた。っ、あー、やべ、嬉しくて泣きそう」
泣かないで、なんて言えないぐらいには私も泣いていて、きっと酷い顔をしているのに私を見て彼は「世界で一番かわいい」なんて口にした。痛いぐらいに抱きしめられた後で、和君は私とおでこを合わせた。
「な……そろそろ、戻って来いよ」


「ん……」
目を覚ますと、其処にはあきれ顔の真ちゃんと、優しい顔したキヨ兄と、心配そうに微笑む和君がいた。
「寝ていたのだよ。全く、こんなところで」
「そのくせラッキーアイテムのタオルケットかけてあげてたけどね」
「高尾!!」
呆れているくせに、ラッキーアイテムのタオルケットを真ちゃんが貸してくれていて。
「泣いてるけど、どうした、大丈夫?」
頬に触れてくれる和君の指先はいつも通り優しくて。
「おいこら高尾、ナチュラルに触るな。轢くぞ」
和君に起こるキヨ兄は私と目があうと、目を細めてくれる。
「ううん、……ここが、一番幸せ」
口にした私に、三人とも不思議そうに顔を見合わせて、「なんだそりゃ」なんて和君が笑った。ね、私ね、みんなが大好きだよ。

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