真っすぐ前を見据える横顔が、狂おしい程に好きだった。いや、過去形なんかで終わらせられるはずはない。現に今彼女は目の前にいる。手が届く、触れられる。生きている。
「……今吉、どうしたの?」
不安げな瞳でこちらを見上げるその表情に、胃の奥からせりあがってくるような幸福感を感じてしまう自分に反吐が出そうだ。その反面、やっと手に入れたこの世界に湧き上がる感情に嘘は付けない。
一回目の世界では、思い返すのも苦しいぐらいの別れ方だった。
二回目の世界では、目を離したすきに彼女が電車と接触事故を起こした。
三回目の世界では、自身の事を好きだとほざく女に彼女が刺された。
「もうな、こちとら三十回目や。いい加減にな、こうすればええって思ったんや」
掴んだ手首はあまりに細い。
嗚呼、あの時とは違う世界を何度も願った。そしてたどりついた。
「ずっと、ずっと、ワシと一緒におろうな」


指先でなぞった唇は思っていたよりも幾分と柔らかかった。
いつまでたっても振り向いてくれないかわいい俺の想い人は、俺の前ですやすやと寝息を立てている。
「無防備、だよなぁ」
俺の好きなこの子は俺なんかよりもかっこよくて背も高くて、兄貴肌でハニーフェイスなあの人に惚れこんでいる。
「俺ばっかこんな好きなのさ、ずりーよな」
人の気も知らずに寝ている彼女の頬を二度指で押すと、小さく眉根をひそめるその顔がかわいくてまた心臓の奥の方が痛んだ。
きっとこのままじゃさ、俺の想いはちっとも伝わらないままで、君にとって俺はいつまでたっても【クラスメイト】なんだろうしさ、だったらいっそ意識させたもん勝ちじゃんね。
「好きだよ、吉田」
その肩に俺のジャージをかけて、教室を後にする。そしてきっと数時間後には彼女はその事実に気づいて、そんでもって俺の気持ちに少しでも気づけばいいだなんて。かっこいいのか、小心者なのか分かったものじゃない。


「……また、か」
飛び起きた布団の上の自分が酷く小さく感じた。手の中はじっとりと濡れていて、二日間水を飲んでいないかのように喉が渇く。そのまま冷蔵庫に向かいカーテンを開くと、日が昇る前の黒の色が窓の外には広がっていた。
あいつを失ってから、毎晩同じ夢を見る。
あいつが他の男の隣で幸せそうに微笑んでいる姿。嗚呼、そうか、血なまぐさいこの世界から、あいつは離れて幸せになれるのか、と安心しようとしている自分とは裏腹に、彼女が知らない男の隣で純白を身にまとっている姿に、激しい嫌悪感に襲われる。そして毎回目が覚める。自分でもばかげているとは思うが、その男もついに実像を持ち出した。彼女が幸せそうに微笑み、口づける相手の男は、眼鏡の奥で目を細めて俺に言うのだ。『今更もう遅いで』と。
「なんだってんだよ……」
幸せになってほしいと望む俺と、知らない男に触らせたくないともがく俺が、現実世界の俺の睡眠時間を削るだなんてバカげている。
「いい加減に、してくれよ……」
お前を守る為に突き放したはずが、結果、深く傷つけてしまった。
触れたい、触れたい、……触れたい。
お前に触れたい。抱きしめたい。口づけたい。俺の隣にいてほしい。


「で、何してんの?」
あいちゃんの手首をつかむその男を睨み付けるのと、宮地さんがあいちゃんその男の胸ぐらをつかんだのはほぼ同じタイミングだった。
「二度とこいつに近づくな」
それは牽制というにはあまりに乱暴で、脅しというにはあまりに殺気めいている。いうなれば一種の殺害予告だなぁ、なんて思いつつも、おびえる彼女を背に隠した。
「大丈夫だよ、俺らがいっから」
こんな時はやっぱり身長がもう少しあったらよかったなーだなどとバカげた考えが頭によぎる。とは言え、俺と、俺の永遠のライバルであるこの人がタッグを組めば怖い者などない。あーあー、目の付け所はいいけどさ、俺達のかわいいお姫様に少しでも近づいた時点であんたの人生なんて詰んだも一緒なのにさ。
「で、あいちゃんに手出ししようとしたんだから、それなりの覚悟できてるんすよね?」
ロックオン。もう逃がさない。



何気ない言葉の一つで、彼の事をまた一つ好きになってしまう。
隣で笑っている和君は、私の頭を二度軽く撫でた後で「今日もかわいいね」なんて眩しく笑う。彼の笑顔は私に向けられているはずなのに、どうしてだか私はまた少し寂しくなってしまう。きっとそれは私自身の問題で、本当に私なんかが彼女でいいのだろうか、なんて考えてしまったり、そもそも和君ならもっと良い人が見つかるのではないか、なんて-思考にもほどがある。傍にいられるだけで幸せだったあの日の私が聞いたら、きっと憤慨するだろう悩みの数々。彼にばれないように溜息を吐けば、肩を二度優しく叩かれた。
「……ね、あいちゃん」
「どうしたの、和君」
「好きだよ」
「っ、ちょ」
こんな道の真ん中で急に何を言い出すかと思えば、彼は惜しげもなくそんなことを言う。思わず周囲を見渡して、誰にも今の発言が聞こえてなかったことを確認している私に、彼はまた笑いかける。



「あー、ごめん、ゴム持ってる?」
「は……?」
彼女

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