片想いしているときが一番幸せ。
そりゃあ、勿論毎日がハッピーというわけではない。彼の隣に可愛い女の子がいる時は嫉妬で心が暴風域に突入するし、彼が告白されたという噂を聞くたびにこの世の終わりなのではないかってぐらい絶望する。だけど次の日に何事もなかったように彼が「おはよ」って言ってくれるだけで、世界がすべて輝いて見えるんだから。彼の好きな音楽を聴いてみて、その歌詞を考察して勝手に一喜一憂したり、彼の何気ない一言に心臓が止まりかける。
「つまりスリルが欲しいってことッスね」
「うーん、……スリル、というか、トキメキ、……こう、心臓がぎゅんってなるかんじ。分かるでしょ?」
同意を求めたものの、彼は苦虫をみ潰したような顔をしただけだった。私はてっきり賛同してくれるものだと思っていたから、逆に拍子抜けしてしまったほどだ。ああでもそっか。彼はなんていっても、天下のキセリョなのだ。きっと片想いをしたことなんてないだろうし、狙った女の子は百発百中なのだから、私の気持ちなんてわかるわけないのか。
「……片想いねぇ、……よいっしょ」
黄瀬はあろうことか屋上で寝転がって、まるで自宅のリビングでテレビでも見るかのような姿勢で私を見やった。キラキラ綺麗な顔してるなー。そりゃ元カノ同士がけんか勃発するわけだ。彼の耳に片方だけついているピアスに太陽が少しだけ反射して「黄瀬は眩しいね」なんて言えば、彼はまた嫌そうな顔をして、そのあと小さくため息をついた。
「じゃあさ、先輩は、その好きな人に恋人になってくれーって言われたらどうするんすかー」
付き合うの、と彼は聞く。
「え……いや、彼の恋人、え、待って、苦しすぎて死んじゃう」
「でも告白するつもりないのなら、相手から告白されるの待つしかなくないっすか?」
確かに彼の言う通りだ。勿論彼と付き合う未来だって想像、いや妄想した。一緒に登下校して、下の名前で呼び合ったりしちゃったりなんかして。そのうちキスしたり、その先も、なんて。
「だけど、うーん、想像、つかないん、だよね」
「……は?」
「万が一告白されたとして、彼と付き合えたとして、……こうさ、いつか振られるだろうから。……結婚とか、そういうの想像つかないというか」
「すっげぇ話飛んでるし、すっげぇマイナス思考なんすね」
今日は随分とお口が悪いものだ。また小さく息を吐いた黄瀬は、その長い手を私に伸ばした。指先が私の毛先をくるりともてあそぶ。
「そいつのこと、そんなに好きなんスね」
「えっ、ま、まぁ」
好き、大好き。って思っている自分が楽しい、から。恋をしたらどんなことでも特別になる。だけど付き合ってしまえばそれはいつか終わりを迎えるためのカウントダウンになってしまう。其れが嫌だ。そんなの我儘だってわかっているから。
「終わるぐらいなら、片想いがよくない?」
「俺はそうは思わないんすよねー」
毛先をもてあそんでいた指先が、そのまま頬に触れた。想像していたよりも、しっかりとした指が私の頬をつまむ。
「……俺は、片想いで終わらせたくねぇし、両想いになったらぜってぇ大事にするし、終わらせねぇし、すぐに結婚したいなら、高校卒業してからすぐに入籍するつもりだけど」
「ふぇー、すふぉい、……、ね、いひゃい、」
「……すごーい、じゃねぇんだけど」
頬をつまんだままで、起き上がった黄瀬のもう片方の手が私のもう片方の頬をつまむ。
「片想いで、終わらせたくないんス。……だから同意できないッス」
真っすぐな目。キラキラ光る髪の毛の一本一本。私の名前を呼んだ黄瀬の少しだけ赤くなった頬。やっと離された私の頬が、じんじんと小さく痛む。
「え、あ、の」
昼休みが終わるチャイムが聞こえる。黄瀬の指は離れたはずなのに、頬が熱い。嗚呼、ちょっとおひさまにあたりすぎたかな。いやいや。まって、つまりさ。
「っき、せ?」
モデルでもあり、キセキの世代でもあるけど、年相応の顔をしながら黄瀬はむくれた顔で私の名前をもう一度呼んだ。
「振り向かせて見せるんで。その時は片思いがすきー、なんて二度と言わせるつもりないッス」
喉が苦しい。いやもっと奥の奥だ。嗚呼きっと心臓だ。心臓が苦しい。息が出来ない。狡い。狡い。こんなの、狡い。


ーーーーーーーーーーーーーーーー



back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -