触れていたいと望んでいけない。そんな馬鹿みたいな関係ってあるんだろうか。仮にも私と涼太は恋人同士で、もうその付き合いも六ヶ月になるというのに。いや、もしかして付き合っていると思っていたのは実は私一人で、彼としては私の存在なんて彼の周りに群がるファンと同じくらいなのかもしれないけど。初めて授業をさぼるという行為をしたその日は、ちょうど六ヶ月記念日の日。つまり半年記念日とも言える。あの黄瀬涼太と半年も付き合えたのだからそれだけでも喜ぶべきなんだろうけど。だけど、違う。涼太は私のことなんて必要としていなかった。


「んー、束縛しない子が好きっすねえ」


ファンの子達に囲まれていた涼太がこぼしたその一言に全身が凍りついたのを今でも鮮明に覚えている。今まで私は涼太の彼女として彼のために何でも捧げてきた。彼にお弁当を作ってあげたし、試合も見に行った。彼が会いたいって言ったらなにがなんでも会うようにした。例え自分を犠牲にしても、だ。それに他の子を見てほしくないから彼をとどめるように「好きだよ」と伝えていた。だけど、それが彼にとっては重荷だったんだ。私が想いを伝える度に「嬉しいっす」って言ってくれていたあの笑顔も、嘘だったってこと? 考えれば考えるほど分からなくなって、私はその場から逃げ出した。それが昼休みの話し。そのまま屋上に逃げ込んできた私は、ぼんやりと空を見上げながら唇を噛んだ。
もう、駄目だ。これ以上、彼に負担をかけちゃいけない。私の想いよりも彼の想いを優先すべき事なんて分かりきっているから。だから、別れないと。イマスグ。そう思ったら勝手に携帯のメール作成画面が「ごめんなさい。別れたいです」なんて簡素な文章を彼の携帯に送信していた。駄目だ、これじゃ涼太に迷惑をかけるかもしれないと思いそれに付け足すように「好きな人が出来ました」と続けた。これで涼太は何も悪くない。勝手に他の人に恋をした私が悪いという構図が出来上がった。


『……ああ、よかった』


涼太と別れたくなんてないけど、束縛されたくないという涼太の気持ちを踏みにじることのほうが出来ない。涼太が望むなら私は別れだっていとわない。送信完了の文字に不意に出た言葉に、じゃりと地面を踏む音。


「……よくねえし」
『え』


首がもげるんじゃないかってくらい思いっきりそこを見れば、息をきらした涼太の姿。なんでこんな時間に涼太がいるんだろう。しかもそんなに息を切らして汗をかいている涼太をバスケ以外のときに見るのは初めてで、驚きながらもポケットからハンカチを取り出していつものように吹いてあげようとした。……けど、彼に触れる前に手が止まってしまった。そんな私を見ていた彼はあろうことか眉間に皺をよせたままで私の体を荒々しく壁に押し付けた。容赦ない態度に背中が悲鳴を上げたけど、涼太のほうが心配で「どうしたの、ごめんね、私が悪かったから」と眉をひそめると今度は噛み付くような表情で私の名前を叫んだ。


「なんでっすか……なんでいつもそうなんすかっ」
『ちょ、りょ、うた』
「俺のことばっか心配して、気にしてっ。自分より俺を優先してっ、……それで、……栞はっ……栞はっ、いつもっ一人でっ……」


涼太は、そこまで言うと、へたりと地面に膝をついて、そのまま私を抱きしめこんできた。彼は震えていた。驚くくらいに震えていた。……いつも見る涼太の金色の髪の毛がさらさらと私の頬をかすめとってくすぐったくて、それ以上に私は愛されている事を知った。涼太は私のためを思ってあんなことを言ってくれたの? と尋ねてみると彼は肯定してくれた。涼太の大きな体にすっぽりとおさまってしまう自分の体に回されてくる手。きゅう、と抱きしめる力が強くなる度に密着する体温に心が尋常じゃないくらいの歓喜を叫ぶ。


「別れるわけないっすから。……だけど、栞っちが自分で抱え込むのは嫌っす。だから……これからは、一緒に抱えたい」


駄目っすか? と少し甘えたような声で囁かれては困ってしまう。こくりと頷きながら「お願いします」と口にしてその胸にそっと頬を摺り寄せる。香水の匂いがして、安心すると一緒に愛おしい思いがあふれ出してくる。


『ごめんね、涼太。……別れたく、ないです』
「うん。だから、もうちょっと自分自身を大事にして欲しいっす」
『……うん』
「それと、嫌なときは嫌って言ってくれないと嫌っす。ヤキモチは嬉しいし、触れてくれるのも最高っすけど、栞っちが傷付くのは一番嫌なんで」


約束っすよ、と言いながら耳に口付けを落としてきた涼太のリップ音はあまりにも派手で、大げさに体をびくつかせたその時に「半年記念日だから今日は俺に甘えてほしいっす」と低い声で囁いてきた彼のその瞳は、深く深く、私はとろけるような愛情にまた頷きをこぼすのだ。


back


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -