「溶けた後の氷には興味ないんだ」
彼はそんなことを口に舌かと思えば、コップの中の透明な塊を口に頬りこんだ。がりごりとかみ砕きながら、さも当たり前のように私の右手に手を重ねた。机の上に何気なく置いていた手の上に、彼の手が重なっている。
「そもそもさ、氷は固形であるからこそ役に立つというものじゃないか」
「……ごめん、何が言いたいのか意味が分からない」
「存外君は辛らつだよね」
重ねられた右手が少しばかり熱をはらみだしたのは、完全に私の落ち度だ。少なからずとも、数日前までは彼に熱心な思いを抱いていたわけなのだから。
その思いを捨てさせた筈の本人が、私に目線をよこしている。
長いまつげも、包帯が巻かれた首筋も、覚えている。忘れられるわけない。
「ふふ、その顔、かわいいね」
太宰さんは私にそう言って、手を離した。
其れを残念だと思ってしまった自分に、心底嫌気がさしそうだ。
「……振った恋人に言う台詞ではないと思う」
「そうかい?」
「……そうだよ」
「じゃあ、綺麗だね、なら許してくれる?」
「そういう話じゃない」
完全に彼のペースだ。心の奥のもやもやしたものを手放したい一心で、机の上に置いたままの手を自分の膝へと移した。
これ以上私の心に入り込んでこないでほしい。話があるからと言って指定してきた喫茶店が、貴方と初めて出会った場所だったことに、どれほど私が心弾ませたのかなんてわかっていない癖に。貴方が発した「ブラックコーヒー二つ、アイスで」に貴方と過ごしたあの日々を思い出して苦しくなったことも気づいていない癖に。
貴方の本心が見えない今、私が何を思っても同じなのかもしれないけれども。
「話をもとに戻すのだけどね」
飲み干したはずのアイスコーヒーのグラスに、溶けた氷が二つ。
「やっぱり君に隣にいてほしいのだけど」
君はどうかな、と彼が悪びれもなく言う。
狡い人だ。ひどい人だ。私がなんて返事するかもわかっているくせに。
「……本当に、性格悪いよ、太宰さん」

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