隣にいるってことが幸せなんだよ。
そう言いながら笑う彼女を心底綺麗だと思った。
決して容姿の問題だけではない。例えることが少しばかり難しいようにも感じた。
幼馴染として今日まで彼女の様々な表情を見てきた。其れは彼女と俺が生徒と教師という分類に区分けされた後も変わらず続いてきた。
「作之助兄さん」
彼女は秘密を共有するようにそう言って、笑う。そして、二言目にはこう言うのだ。
「好きだよ」
セーラー服が風にたなびくその様子は、まるで映画のワンシーンのようだった。
俺には大した取り柄はない。学生からも絶大の信頼を受けているわけでもなければ、彼女の同世代の男子生徒のような初々しさもない。
だというのに、彼女は俺が良いのだと言う。
あまり表現が上手いとは言えたものではないであろう俺の隣にいながら、彼女は幸せだと笑う。それが不可解でしかなく「どうしてそのようなことが言えるのだ」と思わず口にしてしまった。すると、彼女は怒ることも悲しむ事もせず、そう言い放ったのだ。
「だって、作之助兄さんの傍にいれるってことだけで幸せだもの」
「……先生、だろ」
「あ、そうだね。織田先生」
コロコロと笑ったかと思えば、時折大人びた顔をする。
高校三年生。18歳のそのみずみずしさ。
そうだ。と何かを思いついたらしい彼女は、そっと俺の手を握った。
「……ほら、幸せ」
「……何がだ?」
「だって、小説を書く織田先生にとってこの手は何よりも大切なものでしょ? それを触れさせてくれているだけで……幸せ」
彼女はそういいながら、宝物でも扱うようにそっと俺の手を離した。離れていく体温に寂しいと思ってしまったのを心の奥で制しながらも、相変わらず微笑んでいる彼女の頬にそっと指を這わせた。
「……傍にいるだけで、幸せ、か」
「おかしいかな? それとも、……重い?」
生徒と教師。
その単語がちらついたというのに、不意に、少しばかり切なそうな顔をするものだから、咄嗟にその体を抱きしめてしまった。自分でもその行動に驚いているのだから、きっと彼女はそれ以上に驚いているに違いない。だが、そうせずにはいられなかった。愛おしい。だが伝えるための言葉を俺は持ち合わせていない。ただ、溢れんばかりの思いばかりが先走って、その体を何よりも愛おしく思いながら抱きしめた。
「さく、のすけ、にいさん?」
「……同じだよ」
小さかったはずのお前は、いつだって眩しい。そして。
「俺も、……隣にいてくれるだけで、幸せだと、そう思う」
もう少し気の利いたことが言えたらよかったのだろうが、生憎それが思い浮かばない。まるで鸚鵡返しだな、と自嘲的に笑いながらも、すがるようにその体を抱きしめる。すると彼女の首筋が熱をはらみだして、目を向けた耳が尋常ではないほどに赤く染まっているのが見えた。
「……照れているのか?」
「っ、だっ……だって、お、織田先生がっ……嬉しい事っ、言ってくれるっ……から」
先ほどまでは少しばかり大人の笑みをこぼしていたその声は、今はあまりにも初々しいものでしかない。俺の一言でここまで変わってしまう少女を愛おしいと思わずになんと思えばいいのか。
不可解すぎる感情が、俺の中で淡く淡く灯を燃やし続ける。
「……卒業式までここはお預けだ」
自制するように人差し指で彼女の唇に触れた。


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