柳生君が振られたらしい。
それを聞いたのは2か月前。
優等生であり紳士な彼は、医学部の中でも目立っている。其れはそうだろう。彼は誰にだって優しく、そして「来るもの拒まず去る者追わず」なのだから。
「それは良い意味ですか?」
パソコンに何かを打ち込みながら、そのままの姿勢で彼は私に問いかけた。
レポートと実習に追われ追われて、気づけばこんな時間になってしまった。もう少しすれば、巡回のおじさんがライト片手に「教室閉めますよ」なんて言いに来るのだろう。
「何が?」
彼と同じように、パソコンに向かいながら答えた。紳士的な彼にしてはあるまじき行動を私に向けてくるのは、きっと彼と私がそれだけ長い時間をこの研究室で共にしてきた事や、その間に様々なことがあったからであって。
「来るもの拒まず、去る者追わず」
「ああ、いい意味だよ。柳生君はモテモテだね、ってことだから」
うわ、これ今日中にレポート終わるのだろうか。持ち帰りはしんどい。重くなる瞼と、低く心地よい彼の声。
「そうですか。モテモテ、ですか」
「うん。きっとすぐまた告白されるよ。田崎先生の研究室の雨宮さんが、柳生君の事好きって噂で聞いたもん」
「それはそれは」
エンターキーを一つ押して、とりあえず保存をかける。
駄目だ、頭が働いていない。今日は此処までにして帰って寝よう。
そう思って思いっきり背伸びをしたときに、にょきりと腕が伸びてきた。パソコン疲れの脳内が、一気にパチリを目を覚ます。
「え、う、え?」
あほみたいに万歳の体制の私と、後ろから私の身体を抱きしめる柳生君。首筋で息を吸い込む感覚がして、思わず体がはねた。
「っ、や、ぎゅ、え、どうし、たの」
返事はない。その代わりにパソコンの機械音が聞こえる。口から心臓が出てしまうのではないかと心配になるぐらいに、緊張してしまっている私の気持ちを知ってか知らずか、彼が一つ息を吐いた。
「……確かにその通りです」
「え、えっと」
「好きだと言っていただいた思いを無下にすることはしませんし、それゆえに別れたいという申し出も受け入れます」
「……う、うん。まぁ、それは柳生君がそういう考えなのは、別に」
「ですが、いつまでも意地を張っているどこかの誰かさんが来るのを待っていられもしません」
「……と、言うと?」
腕の力が少し緩められて、やっと解放されたかと思えば、そのまま顎をつかまれた。彼の目の中に、間抜け面した私が見えた。
「……好きです」
レポート疲れを物語る彼のくたびれた顔。


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