明太子パンにかぶりついていると、いかにも不審そうな目をした緑間と目が合う。「なに?」って聞いてみても彼は何も言わないで私のことをまじまじと見ているだけ。絶対的に何か思っているくせに、口にしないなんてずるい奴だ、と思った頃を見計らったように「美味しいのか」と一言。眼鏡のブリッヂを上げるその仕草は私が好きな仕草でもあるわけで、少し高鳴る心臓に一呼吸。舌の上で少しばかりひりひりと踊っている辛味に負けないように口を開く。


『うん、なんか明太子って感じ』
「当たり前なのだよ。……そうではなくて」
『え、もしかして食べた事ないの?』


からかうように言えば少し機嫌を損ねてしまったらしく、そっぽを向いてしまった。全く持って分かりにくいようで分かりやすい彼氏だこと。高尾君のようにとぼけ笑いしながら謝ったら許してくれるのかな、とか思いながらもあれは高尾君だから許されるんだよ、馬鹿と自分に言い聞かせる。とにもかくにも緑間が明太子パンを知らないということを知らなかった私は、半分程度になったパンを彼の口元に差し出す。動揺した彼の表情が可愛くて、キスをしたくなった。


「っ、なんで近づいてくるっ」
『え、キスしたくて』
「い、いい加減にしろっ」


綺麗な顔を真っ赤にしながら私からじりじり離れる緑間がやっぱり可愛くて。だけどあんまりすると嫌われるとまずいから、とりあえずもう一度パンを差し出した。私の歯型した切り口を見た彼が、もう一度瞬きして顔を少々しかめた。あれ、もしかして潔癖だったっけな。腕を引こうとする前に、その手首を掴まれて彼がもう一度明太子パンとにらめっこ。


『別に無理して食べないでいいのに』
「……いや、食べるのだよ」
『ふうん、そう』


なんで、と首を傾げてみると、彼は少し気まずそうに目をそらしながら唇をきゅうっと結んだ。


「お前がそんなに幸せそうに食べているのが悪いのだよ」


直球すぎる言葉に呆気に取られていると、がぶりという擬音と咀嚼をする緑間の端正な顔。どうにか自分を取り戻しながら「どう?」とだけ聞くと、「悪くない」なんてそっけない返事。しばらく咀嚼していた彼からパンを取り戻そうとしたら、もう一度彼はパンをかじる。なんだ、案外好きだったんじゃん、と思う間もなく彼の顔が一気に私の目の前にきて、口の中ににゅるりと異物が入り込んでくる。緩和していたわずかな辛味を補うように、緑間は中途半端に咀嚼していた明太子パンを私の口にうつしてくる。もう何がなんだか分からなくなって、それがパンなのか彼の舌なのか、それとも唾液なのかさえ分からなくて、咄嗟に喉元に来た物体をごくりと飲み込んでしまった。


『げほっ、げほ、ちょっ……』
「……だらしのない顔なのだよ」
『誰のせいだと思ってんのよっ』


きっと睨んでやるも、彼は痛くもかゆくもないといわんばかりのドヤ顔だ。一体この男は何を考えているのか分からないけど、口の中に残っている明太子パンが辛くなくて甘いのだけはやけに間近に感じられた。ああ。駄目だ。これからこのパン食べる度にこのキスを思い出してしまうじゃないか、と内心悪態をついていると「それもいいかもしれないな」とかなんとかぼやきながら、彼がもう一度口付けてきた。嗚呼、もう最悪。ますます惚れてやるんだから。





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