ずっとこのまま二人でいられたらいいのにね。
そう微笑んだ栞の顔をまだ覚えている。そんなことが叶いもしない途方もないことだと分かっているはずなのに、彼女は時折そんなことを言う。叶うこともない事柄だからこそ口にするのか。それならばあまり有益な発言とは思えない。しかし、その気持ちを理解する事が出来るからなのか、真正面から栞を否定することなんて出来ない。結局その時点で僕もおかしいのかもしれない。そんなことを考えた。


『ねえ、征君』
「なんだい」
『おなかへらない?』


いいや、と返すと彼女はそれ以上は追及してこなかった。本当に聞きたいことはそんなことじゃないくせに、栞があまりに遠まわしに尋ねてくるものだからつい意地悪をしてしまった。まあ、このくらいの意地悪はいいだろう、なんて内心思いながらもあまりに辛辣に扱ってやるのも可哀そうだと思い、その瞳に微笑みかけた。いや、僕がそうしたかっただけなのかもしれない。どちらでもいいけど、確かに終わりの時間が近づいているのは確かだった。決して触れ合うことは無いお互いの体温は、冷気に冷やされていく。もうすぐで季節が変っていく。当たり前だった景色は消えて、新しい生活が始まる。いつしか其れさえも当たり前に変貌して、今は過去になっていくのだろう。それが自然の摂理。


『……寒い?』
「いや」
『……きっと、京都は……寒いね』
「……そうだね」


着いてこいとは言わなかった。着いてくるなとも言わなかった。自分がどれほどにずるい人間かということを自負した上で、この道を選んだ。そして、栞もその道を選んだ。
共にいることを終わるという、至極単純な答え。
旅立つための足がだんだんと目的地へと向かう。「ここでいいよ」とそっけなく伝えると彼女の声がしなくなった。これでいいんだと馬鹿のように繰返しても、何も変わりはしない。ただ……どこかで何かが閉幕するだけ。不意に掠れた声が響いたと気づいた頃には、空気が振動して栞の声が耳に届いた。



『ずっとっ……っ……まっ……っ、みっ……かた、だから。征君の味方っ……だからっ。だからっ』


嗚呼、やっぱり彼女は嘘が下手くそだ。待っていると言わなかったのは負担をかけたくないからなのだろうけど、そんな柄にもないことするもんじゃない。……そんな、柄にもないこと、されると。


「……ありがとう」


離れたくない。そう単純に思ってしまう。
その感情がばれてしまわぬうちに旅立つ足もとに、もう残るものなんて何も無かった。

ソラが、とても低い日のことだった。



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時期違いすぎるけど卒業話とか。

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