▼8

「今日、一緒に帰ってもいいかな?」


幸村君が発したその言葉に目が点になったのは言うまでもない。いきなりなんでそんなことを言うんだろうか、と思いつつも理由がなんであったとしても「一緒」という単語が酷く嬉しくて、三つ編みを揺らしながら私は二つ返事で肯定し彼と別れた。その誘いがあったのが部活が始まるほんの少し前で、部活に向かおうとした私のモチベーションが危うくなるほどに胸が高陽していた。早まる鼓動を抑えるように、そして気持ちを入れ替えようと思いながらも歩く。試合の許可書を先生に提出して、私も部活に向かおうと体を反転させて、廊下の角にかかった時に。目の前が真っ暗になった。突然のことに何が起こったのかもわからない。とにかく、声を出そうにも誰かに口を押さえられている。怖い。嫌だ。そんな感情と共に、必至に抵抗するも叶わずやっと呼吸を許された頃には私の体は土埃のたつ場所に叩きつけられていた。真暗なその場所は、どうやらあまり使われていない体育倉庫だということが分かったのと、罵声が聞こえたのは一寸ほどの違い。


「もっと早くこうしとけばよかったわ」
「もう早くやっちゃおうよ」
「それ同感」


話の内容が掴めない。だけど、今から何かが起こる。少なくともいいことなんかじゃない。それを直感的に理解して、次いで暗闇の中で鋭い光がちかりと光ったものだから私は思わず息を呑んだ。ハサミ。しかも普通の紙を切るものよりも鋭利にも見えるその金属が私の前でちらつかされる。


「ねえ、幸村君のタイプってどんな子か知ってる?」
『っ、え、あ』
「答えられたとしても、もう遅いけどね」


嗚呼、もしかして。
嫌な汗がつらりらと流れる。駄目だ。嫌だ。嫌だ。頭の中をよぎるのは幸村君がかつて言ってくれた言葉。
くせのない真っ直ぐな髪は、日本人形みたいで怖くて嫌いだった。あの子みたいにふわふわの癖毛だったらよかったのに、とか、あの子みたいに茶髪だったらよかったのに、とか。そんな負の感情しか抱けなかった私の髪を見て彼は微笑んだ。


「山野の髪って本当に綺麗だよね。伸ばしたらもっと綺麗だろうね」


まだ出会ったばかりの頃。彼にとってはさりげない言葉だったんだろう。だけど、その台詞が何より嬉しくて、私の中で日々成長を続けるように膨らんで、私は自分の髪を愛おしいようになった。三年間たったころには、まるで尻尾のように跳ねる三つ編みが私の自信にも繋がっていた。
幸村君が。


「髪の長い子が、好きかな」


私にむけて微笑んでくれた、愛おしい、黒髪。
唯一、私にも得られたチャンス。それが、消えてしまうようで。


『やだっ、やめてっ!』
「あはは、うけるっ、おとなしくしなさい、よっ!」


必至に抵抗して、抵抗して。頬に鋭い痛みが走ったのもかまわずに体を揺らして拘束から離れようとする。だけど、数人で拘束されているから、ただ鋭いはさみが私を傷つけるだけ。思わず痛みに動きを止めてしまった瞬間。
ばさり、と。
そんな単純な音が耳に響いた。途端軽くなる右側。そしてそれに呼応するように左側。足元に黒い三つ編みが二つ。三年間かけて綺麗に整えて、丁寧にケアまで気をつかってきたその髪。髪が切られたことが悲しいのか、それとも私の三年間を全て否定されたように感じてしまったことが辛いのか。分からないままで、泣く事も出来ず私は呆然とした。


「あははっ、ざまあみなさいよっ」
「あんたが暴れるからケガしたんだからね。自業自得」



足音が遠くなって、開かれた扉の隙間から光が差し込んでまた閉ざされた。カビくさいその場所が私の精神まで狂わせるかのように。痛い。痛い。心が。頬が、血が溢れ出すところが。
ぼんやりとした思考の中で、携帯が光っている。着信に並んでいるその名前に通話ボタンを押して、私は小さくこぼした。


『助けて、しゅう、すけ』










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