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その空気にのまれてしまいそうで、とっさに消毒液のことが口をついてた。


『そういえば、消毒液が無くなったからちょっと買いに行っても平気かな?』
「あー、そうだね。赤也のせいで大量消費だろ? あいつに買いにいかせてもいいよ」
『ダメダメ。これはマネージャーの仕事』


30分くらいで戻ってくるね、と言い彼に背を向ける。これ以上触れていたら、思わず「助けて」と「好き」が口から零れてしまいそうで怖かった。しかし、振り返ったその手に絡みついたのは幸村君の手。瞬きをした先の彼の白い肌と、汗に濡れた髪。


「俺も行く」
『え?』
「別にかまわないだろ?」
『か、かまわないけど……必要なものあったら買ってくるよ?』


しかし幸村君は首を横に振りながら「練習は真田にまかせるから。それに今日は他のマネージャーもいないから、荷物くらい持つ」とだけ言った。私はそんな台詞を聞きながらも触れている指が熱くて、普通の顔を保つのが精一杯でどうしようもなかった。


「買うものはこれだけかな?」


優しい微笑みでそう尋ねてくる幸村君の瞳があまりにも温かくて、頷くことさえ忘れそうになる。荷物を軽々と持ってくれた幸村君はジャージを着ているからなのかすごく大きく見えて、それなのにこうやって私の普通に話していることが少し不思議な気分になる。それにこうやって二人で歩いていると、まるで。


「デートみたいだね」
『っ?! ゆ、ゆきむっ』
「そんなに驚かなくてもいいだろ? なに? 俺が相手じゃ不服なのかな?」
『そ、そういうわけじゃなくてっ』


くすくすと笑う幸村君は私をからかいながらも温かいまなざしを向けてくれるものだから、嫌味ったらしく返してやろうにも返せない。まあ、もともとそんなに私は饒舌でもないし第一好きな人に対して嫌味なんて言えないし。
とりあえず照れ隠しに『早く帰らないとだね』とだけ言って少し歩調を速める。外はもう茜色に染まっていて、このペースなら余裕で練習に間に合いそうなくらい。
さっき言われた言葉のせいで赤く染まった頬を隠せるくらい赤い世界で歩いていると、不意に足音が止まった。
不思議に思って振り返るとそこに立ち止まっていたのは幸村君本人。


『どうしたの?』
「……いや。……なんでもない」
『幸村、君?』


彼にしては珍しく歯切れの悪いものの言い方をするものだから不思議に思って首を傾げると、幸村君は私に近づいた。がしゃりと地面に落ちる買い物袋の音と、急に私の体を抱きしめた彼の腕。


『っ! ゆ、っ、きっ』
「……ごめん」
『どう、どうしたのっ、なんで謝るのっ?』


幸村君の香りが直に私の鼻孔をくすぐってきて、どうしようもなくなる。なんで抱きしめられているのかも、なんで謝られているのかも分からない。分かることは私の心臓が勢いよく血液を流していて、それが外に溢れていきそうなくらいどくどくと脈うっていること。
ダメだ、好き。好きだよ幸村君。溢れちゃう。想いが。でも終わりたくない。好きだなんて三文字でやっと頼られる存在にまでなった三年間を消したくない。とにかくどうすればいいか分からないままで、不意に耳をかすったのは私のことを呼ぶ幸村君の声と。


「山野が、泣きそうな、顔をしてるから」


そんな途切れ途切れの台詞。
ダメだよ。そんな風に言われたら勘違いしちゃうよ幸村君。
それはマネージャーとしての私に言ってるんでしょ? それなのに、そんな声で言われたら、まるで、私のことが好きになってくれたんじゃないかって不埒な妄想をしちゃうの。だから、お願い。


『はな、して……』
「……山野」
『ほ、ほら、好きな子に、勘違い、されちゃうよー?』


あっけらかんとそう言うと、彼は少し目を大きくしたあとで「そうだね」と言って私を離した。ずきりと胸が痛い。なんだ、好きな子いたんだ。そんな事実を自分で導きだしてしまったことが心苦しくて、思わず溢れてきそうな血液がどんどん収まっていくのを感じた。

ほらね、だから私の勘違いだって言ったのに。
自分で自分に言いかけながらもこの世が終わる音を聞いた気がした。









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