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『もー、赤也君。あまり無理しちゃだめだってば』
「違うんすよ有沙先輩っ、丸井先輩がーっ」
『はいはい。わかったから、ほら、ちょっとしみるからね』
「っ、い、っ」
『はい、終わり。今週末は練習試合もあるんだからあまり怪我しちゃダメだからね』
「うぃーすっ」


そんな返事をしながら駆けていく赤也君に消毒をして、救急箱に消毒液をしまう。あ、消毒液が無くなってきてる。買いに行かないと。キョロキョロと辺りを見回して後輩マネージャーの姿を探すが、どうもその姿がない。何人かは補修が入ってるって連絡があったけど、あと二人はいたはず。おかしいな。どこ行ったんだろう、と思いながら校舎をふと見た時に見覚えのある姿が見えて私は思わず駆け出していた。
近づくたびに大きくなる声。それと。


「あんたらも、調子のってたら……」
『なにしてるんですかっ』
「は? あ、あんたか」


そこには、毎度私を呼び出す幸村君のファンのリーダー的存在の数人の姿。そしてその前にいるのは怯えきって涙をぼろぼろ零す後輩。こういうことをされるから、マネージャーがどんどん少なくなってきてるっていうのに、本当に最低なことをする人たちだ。私は後輩と彼女たちの間に割って入ってその瞳を見つめる。


『お願いだから、後輩にこういうことをしないで下さい』
「は? うるせえよブース」
『……ほら、あっち行ってていいよ』


とりあえず後輩を逃がしてあげると、目の前の彼女はあからさまに不機嫌な顔をして
舌打ちをした。そしていつもの如く四方八方から聞こえる私への嫌味。体に走る痛み。ここで反抗することは簡単だけど、それじゃこの人たちの怒りに油を注ぐだけだ。そう判断して必死に唇をかみ締めて痛みに耐える。体を壁に打ち付けられて、痛みに反応する暇も無く汚い言葉をかけられる。
耐えろ。耐えないと。それを合言葉に念じ続け、「さっさと消えないと本当にテニス部の迷惑だから」という台詞に体を震わせながらも彼女たちが去っていくのをぼんやり見つめた。

痛い。今日は頬を叩かれない代わりに壁に打ち付けられたものだから背中がじんじんと痛む。ああ、消毒液。そう消毒液を買いに行かないと。痛みにかぶせるように思考を張り巡らせていると「山野?」と声が降ってきた。とっさに顔をあげたそこにいたのはやっぱり幸村君で、彼は足早に私に駆け寄ると「具合でも悪い?」と心配そうに眉をひそめた。
ダメだ。ばれちゃいけない。
そう判断してすぐに笑顔を作りながらなんでもないよと零す。


「……本当に?」
『本当だよ? あ、でも、ちょっと後輩の子達はもう今日は帰していいかな? 色々あったみたいで』
「それはかまわないけど……もしかして、」


感づいたらしい彼が切なげに眉をひそめた。まあ、今までにも何人もそれが原因で辞める子が続出しているんだから、気づいても仕方ないのかもしれない。……この顔を見たくないのに。『大丈夫、とりあえず今日は帰してあげるだけだから』と笑うと、不意に肩を掴まれる。どきん、と胸がそんなありきたりな音を奏でる。


「君は……山野は、なにもされてない?」


真剣な目。私のことを精一杯に映し出す瞳。思わず声があふれ出しそうになったのをこらえ微笑む。


『なに言ってるの幸村君。そんなわけないじゃん』


違う。本当は気づいて欲しい。だけど迷惑はかけたくない。
二つの感情は矛盾していて、結局私は今、彼に触れられているだけで満足している。こうやって幸村君が私のことを気遣ってくれているだけで幸せにとろけてしまいそうになる。「そう、……ならいいんだ」と笑う幸村君の雰囲気はどことなく周助にも似ている気がして苦笑がこぼれた。


「なにかあったら、俺に言ってかまわないよ」
『うん、ありがと。でも本当になにもないよ』


嗚呼、馬鹿だなあ私。
ここで甘えられるような可愛い女の子だったらよかったのに。いっそのことここで「好き」と伝えれば彼は私のことを少しは意識してくれるかもしれない。だけど、幸村君にとって私はただのマネージャーだ。さっきの言葉だって有沙として言われた台詞じゃないことくらい分かっている。うぬぼれちゃダメだもの。
だから私はいつも彼の隣にいられる「マネージャー」としての存在意義を護ろうとあがくんだ。





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