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マネージャーをしているといかにその仕事内容が肉体労働に響くものなのかということを思い知らされる。朝は部員が集まる前に部室の鍵を開け、朝練をする彼らのためにドリンクを作り、タオルの準備。昼は週末の試合の調整を部長である幸村君としたり、選手の体調について柳君と話したりとせわしなく過ぎ、夕方は選手のメニュー作成と洗濯。それに部室整備にテーピングなどの補充。
朝の暗い時間に家を出て夜の暗い時間に家に帰る生活。

最初の頃こそ倒れてしまいそうなほどの忙しさにため息ばかり出ていたこともあったけど、辞めたいと思わなかったのは、やっぱり私がテニスというスポーツを好きだからだろう。それに付け加え、選手は厳しい練習を繰り返しているわけだから私なんかよりも疲労もたまっているんだ、と思えば私の疲れなんてたいしたことはない。
しかしながら、こういった肉体労働は少し別の話であって。


「ちょっと、聞いてるわけ?」


目の前にいるのは学年でもなかなかに有名な女子のとある軍団。まあ、簡単に言ってしまえば彼女達は立海テニス部幸村精市ファン倶楽部なるものらしい。確かに彼女たちにとっては私は最大の敵であって邪魔で邪魔で仕方ない存在なんだろうな、ということは理解できる。だからと言ってこうやって呼び出しされるのも困ったものだ、と考えながら小さくため息をかみ殺す。大体、部活が終わって帰ろうとしている私を待っているのだから、この人たちの根気にも乾杯する。……それほどに私の存在は邪魔だってことだろうけど。


「あんたウザイのよ。さして可愛くも無いくせに」
「そうよ、目障り」


私の両耳から入ってくるそんな罵詈雑言を聞きながらも、自分の存在価値に疑問さえ浮かんでくる。こんな人たちの言いなりになんてなりたくはないけど、毎回の如く呼び出しをくらっていてはさすがの私でも気がめいる。まあ、呼び出されるたびに私が何も言わないから彼女たちはこうやって苛立ってまた私を呼び出すのだろうけど。
そんなことを考えているとばちりという鋭い音と共に頬に痛み。叩かれた、と感じた頃には最後にまた何か暴言を吐いて走り去った彼女たちの背中。ひりりと痛みを発する頬がむなしく私の体をかきむしる。

「消えろ」「邪魔」「目障り」「迷惑」「ブス」それと……そうそう「ビッチ」だの「ブス」だの。

言われた台詞を真に受けるわけじゃないけど、呼び出しを受けるたびに自分が今していることが本当に正しいことなのかと不安になってしまう自分が嫌だ。
私がこうやって嫌がらせを受けていることが、幸村君やチームのみんなにばれないようにと、必死に笑顔を振りまく。その度に心の中で涙を流す滑稽な自分。
テニス部のみんなは優しい。私が嫌がらせを受けていると知ったら護ってくれるような優しい心を持っている人たちだ。だけど、その優しさに甘えるような弱い人になりたくないの。

だって、そんなんじゃ幸村君の隣を歩けない。
彼の足かせになりたくない。彼の隣に立って、マネージャーとしてでもいいから彼の心のよりどころになりたい。
そう考えてしまうのはいけないことなんだろうか。
気を緩ませれば涙があふれそうで私は必死に唇をかみ締めてそれをこらえる。
熱をもった頬を押さえながら『ただいま』といつも通りに自宅の扉を開けると「おかえり」と帰ってきたのはいつもと違う声。あれ。なんで。


『なんで周助がいんの?』


そこにいた従兄弟の姿に驚いていた。






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