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強い日差しを感じながら小さく目を細めた。いつの間にか過ぎていた季節に頬を伝う汗。目の前で繰り広げられるラリー。芥子色のジャージをはためかせる彼らの姿を見つめてきてすでに二年も経った。一年生の頃、兄がやっていたから、という理由でテニス部のマネージャーとなった私。その頃には他にもたくさんマネージャーがいたのだけれどもその過酷さにみんな辞めてしまって三年生で残っているのは私だけ、なんていう驚きの事実。まあ、最初の時期はみんなテニス部の「ビジュアル」に引かれてマネージャーを志望していたらしいから、仕方ないかもしれない。……逆に言えば、私はまったく気にもしていなかったのだから、その話を丸井君にすれば小さく笑われてしまった。

じわりと滲んでくる汗をぬぐうと三つ編みにした髪が背中で跳ねた。赤也曰く「文学少女」風らしい私は生憎、絶世の美女でもスタイル抜群の女でもないのだけれども、そんな私の唯一の長所が「へこたれないこと」だ。だからこそ、どんなことがあろうと今日までマネージャーを続けてくることが出来た。

彼らが中学校の頃からテニスをしていたというのを知らなかったのは私が編入試験で立海高等学校に入学してきたから。だからこそテニス部の人気のことも、彼らがまるでアイドル並みに愛されていることも知らなくて色々と苦労を……。


「有沙先輩。このドリンクは……」
『あ、部室に粉が残ってるはずだから新しいの作ってもらっていいかな?』
「はい」


ぱたぱたと駆けていく後輩を横目に私はまたスコアブックを書き綴る。確かに後輩の指導を一人でするのは大変だ。自分の仕事と平行して起きるミスや問題ごとを解決し、後輩の疑問を解決する手助けをし。たまにため息をつきたくなる時がないと言えば嘘になるのかもしれないけど、それでも私が続けられている理由は。


「おうおう、今日もよー頑張っとるのー」
『はい、タオル。ほら、今のうちに頑張ってないと体力落ちちゃうよ。ただでさえご飯ちゃんと食べないんだから』
「そうだよ。マネージャーの言うとおり。ちゃんと体力つけないと俺が個人的に練習メニュー追加するからね」
「げ、幸村……」


そろそろ走ってくるかのう、と心にも無いであろうことを言いながら離れていく仁王君を見ていると、「お疲れ」と幸村君の声が被さってきた。ドリンクとタオルを渡しながらその透けるように白い肌を見る。
ごくりとドリンクを飲むたびに動く喉仏が色気をかもし出していて、思わず目が離せなくなりそうだ。だけどあんまり見ていたら気づかれてしまう。なにに? ……私の報われない恋心に、かな。
確かに今までにもたくさん辛いこともあったけど、私は幸村君がいる限りこのマネージャーを続けていこうと。そう心に決めたんだ。
だけどこの想いは誰にも伝えない。誰にも話さない。そうすることでこの想いを消そうとして、また私は一人で思い悩むんだ。


『幸村君。スコア後から目を通しててほしいな』


なるべく普通の声で。そう心で唱えながらそう言うと彼はふわりと優しく微笑んだ。


「分かった。後から確認しとくよ」


蒼い髪の先から一つしずくが落ちて、反射的に自分の心が跳ねた。それに連動する三つ編みがなんだか恥ずかしい。そんな想いがばれないように、次の仕事に取り掛かろうとしたとき。


「あ、山野」

『なに? どうかしたの?』


顔を上げたそこに、眩しい太陽と、彼の姿。


「いつもありがとう」


嗚呼、マネージャーとしての私に向けられている笑顔だと分かっているのに、その笑顔に胸の高鳴りを抑え切れない私はなんて浅ましいんだろう。
コートに戻っていくその背中に小さな声で『頑張れ』を呟いた。








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