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「幸村っ!」
「ふ、じ? ……っ!」

不二がいることに驚いたのと同時に、どこか切羽詰っていた彼にもっと驚いた。普段は何を考えているか分からないような表情を浮かべている彼が、必至になって俺に山野はどこにいるのかとまくし立ててきた。その瞬間、体に冷たいものが走って、だけど山野の居場所なんて分からなくて、ぎこちなく横に首を振った俺を確認した不二は俺を一度睨み付けたかと思えばすぐに走り去った。
その不二が次に現れた時には、その腕に大切に抱えられていたのは、言うまでもない彼女だった。
白い頬や顎などの皮膚に走る赤いライン。そして、彼女のトレードマークでもある長い三つ編みの面影などなく、黒髪が風の悪戯で、肩より少し高い位置で浮遊している。
酷く、傷付いた、その姿。


「っ、有沙先輩っ、どうしたんすかっ」
「落ち着け赤也」
「これは、ひど、すぎるぜよ」
「なんだよこれっ、ありえねえだろぃ」


レギュラーが集まってきたのを見計らったように、不二は顔を上げた。迷いのない、と言えばいいのだろうか。一言で言えば、俺はその感情の色のないように見えてしんしんと怒りをこみ上げている表情が恐ろしかった。その視線の冷酷さに、ひやりと背中に旋律が走った。


「幸村。僕は君達を責める気はないよ。……一人で抱え込んだ有沙にも非はあるだろうからね」
「お、れはっ」
「だけど、たった一人のマネージャーが傷付いていることにも気づかなかった君には失望した」
「ちっ、」
「違う、そう言いたいのかな? 僕にどれだけ何を言っても聞く気はないよ」


もう、彼女は傷付いてしまった後なんだ。
その単語は、俺を傷つけるには効果的すぎるほどの響きを持っていた。
彼はそれだけ言うとコートの外に出て行く。誰も、誰一人として声を出す事も、反論することも出来なかった。近づいてきた柳が鈍重な声を俺に届ける。


「精市、平気か」
「…………気づいて、いたんだ。山野が嫌がらせを受けていることくらい」


だけど、助けに入る事でその被害が大きくなることは目に見えていた。俺なんかが介入して、更に山野が傷付くなんて耐えられなくて、それは結局自分自身のエゴだった。結果として、山野は傷ついてしまった。大切に伸ばしていた綺麗な黒の髪を失った時の彼女の喪失感は計り知れない。


「……守って、やれなかった」


甘えていたんだ。いつも笑顔をこぼして必至に頑張る山野の姿に。その体が、心が必至に助けを求めていたのにも関わらず、その笑顔に追求することを忘れる程に愛おしかったんだ。守りたいが故に、近づくことも恐れていたんだ。


「俺が、守ってやれなかったんだっ」


懺悔をしたとしてももう遅い。
もう、あの笑顔は戻ってこないのだ、と誰かが嘲笑い、俺はその場に崩れこんだ。




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