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三つ編みをしているから、よく「文化系の部活?」と聞かれた。テニス部のマネージャーと答える度に驚かれたり小さく笑われたりと少々嫌な思いをしながらも、私が髪を伸ばし続けたのは一種の誓いでもあった。この髪の重さは、私が抱える仕事の重さ。私が背負うマネージャーという存在の責任の重さ。そう考えながら丁寧に髪を編んで学校に行っていた。つまり、願掛け、みたいなものでもあったんだ。
別に髪を切られたからって死ぬわけじゃない。皮膚をハサミでかすったって死ぬわけじゃない。
だけど、私の三年間が全て拒否されたような錯覚しか起きなくて、ただでさえ暗いその空間で私はそのままどこかに沈んでいくんじゃないかって。……そんなことしか考えられなくなる。


『……切られ、ちゃったな』 


涙も出ない。ただ、この現実を受けいれたくないと言わんばかりに目の前がぼやける。そんなことは分かっているのに、どんな顔をしてみんなに会えばいいのかも分からないし、笑えばいいのか泣けばいいのかも分からない。きっと、みんなは優しいから私を心配知れくれるだろうし、幸村君は必至に怒ってくれるだろう。だけど、それじゃ三年間耐え続けた意味がないのに。やっと、守られる子じゃなくて、彼と対等に立てる存在になれたのに。なのに、これじゃ、そこらへんにいるか弱い女の子みたいになってしまう。嫌だ。そんなのは嫌だ。
だけど、動かないと。ただでさえ三年生のマネージャーは私だけなんだから。ほぼ意識が遠くにある状態でゆっくりと立ち上がり体育倉庫の扉を開ける。目が眩むほどの光と、それと。


「有沙っ!!」
『っ、な、んでっ。近くにきて、たの?』
「っ、か、みっ、それにケガもっ。ごめん、やっぱりもう少し早く来るべきだった」


なんでここに周助がいるの?そう聞きたいのに、昔から慣れ親しんだその顔を見た瞬間に私の緊張の糸と遠のいていた意識が一気に覚醒し、今まで流れなかった涙がわあああ、とあふれ出して、私は気付けば周助の胸に飛び込んでいた。彼がここに来た理由も、彼が私のことを優しく抱きしめてくれている理由も分からないけど、涙が止まらない。ただ必至に泣いて、周助は必至に私を抱きしめてくれた。
残念ながら、そこから先は記憶がない。
ただ、ゆらゆらとした感覚に私は全身をまかせていたことしか分からない。
ゆっくりと目を開けたそこにあったのは優しく微笑みを浮かべながら私の名前を呼ぶ周助の顔。それと、ここは私の部屋だ。安心したのはそれだからか。彼を見ながら「今何時?」と舌足らずに問うと彼は夜の8時過ぎと答えた。
あれ、私部活無断で休んじゃったのかな。明日真田君と幸村君に謝って、それからそれから。


「もう、限界だよ」
『……周助?』
「やっぱり有沙は傷付いた」
『別に、髪はまた伸ばせば……』
「髪のことだけじゃないよ」


凄みのかかった声に繋がって彼の手が優しく私の左胸に当てられる。「傷付いたのは君の心だ」そんなことを言い含めるように言った彼は、私の頬を撫でた。そのときになってやっと頬にも顎にも、とりあえず傷がついたところに丁寧にガーゼが張られていることに気づいた。


『来てくれて嬉しかった。ありがとうね周助』
「……有沙。君が望めば僕はいつだって……」
『周助。お願いがあるの』


髪、整えて欲しいの。
そう言うと彼は一瞬悲しげに眉をひそめた後に「君は強いね」とだけこぼした。
違うよ。強くなんてない。本当は誰よりも弱いの。だけど弱いだけじゃ、彼らのお荷物になるだけだから。ただ守ってもらうだけの女の子じゃなくて、彼の隣に立ちたいと望んで今日まで頑張ってきたから。
だから、私は強くないといけないの。


「……随分と酷い切られ方だ」
『周助とおそろいの髪型になりそうなくらい短いね』
「そうだね。……じゃあ、切るよ」
『うん』


きっとこれは、中途半端な私に対する罰だったのかもしれない。そんなことを考えた。この三年間。マネージャーという幸村君に誰よりも近い立場にいたのに、私は彼への気持ちを押さえ込んできた。伝えようと思えば伝えられたのに、私はそれよりもマネージャーを選んだ。
だけど心のどこかでは彼に気づいて欲しくて。この想いを。
そんな中途半端なままだったから、きっとそれはこの報いなんだ。
細かい髪の毛が滑り落ちていくのを見ながら、私は笑いながら静かに涙を流した。
次に目を開けたときに鏡の中にいる私は、あなたの「好みの女の子」ではない私。


さようなら、大切な私の恋。
この髪と一緒に、あなたへの恋心も消しましょう。





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