別れようと言われたのはこれが初めてじゃない。ましてや、さつきがテツと付き合いだしたっつうのを聞いてから、今まで特に理由も無くなんとなくいろんな奴と適当に付き合ってきたから、別にそれがどうってことは無かった。本当に欲しい奴は他の奴にとられて、それを消すように付き合って、適当に体を合わせて、なんかその後も適当に別れて。
そんなことを繰りかえてしてた俺。最低だとか外道だとか言われても別に痛くもかゆくもなかった。

だけど今、目の前の女からそれを言われた瞬間、体が半分どこかに持っていかれたんではないかというくらいの衝撃を受けた。どうしようもない感情が駆け巡っては俺の目の前でうごめく。昨日まで髪色も戻して、切ったのか。足元に目をやるとスニーカー。こいつ、こんなに小さかったのか。化粧も雰囲気が違う。そう、昨日とは丸っきりと違うその存在がいるみてえだ、なんて第三者目線で見ることで平静を保とうとしている自分がいる。いや、違う存在なんかじゃねえ。俺に告白してきた頃のこいつに戻っただけだ。
自嘲気味に笑っているその少女が震えている。俺の前では一度も涙なんて流さなかった奴が今、泣いている。


『傍にいれるならなんでもよかった。でも、それだけじゃ駄目なんだよね』


確認するように言われてしまっては、何も言い返せない。そんなことは無いと叫ぶための喉に伝うのは乾いた空気で、からからとした口の中には何も無い。こいつの名前を呼ぶための音さえ無い。昨日まではこんなことが起きるなんて夢にも思っていなかった。だからなのか、予想外の出来事に心さえフリーズ状態。


「……んでだよ」
『だって、大ちゃんの辛そうな顔、見てるのは、もう、嫌だから』
「……おい」
『ごめん、自分勝手だよね。分かってる。私から言ったのに。……最低だって思っていい。卑怯なクソ女って思ってもいい。……だけど、もう私にさつきちゃんのフリは出来ない。やっぱり……あの子には……なれないよ』


3ヶ月前。怯えるように告白してきたそいつが提案してきたはずだ。「さつき」の代わりになるから、「さつき」の代わりでもいいから愛して欲しいと。俺はその提案に賛成し、こいつもそれで満足していた。


『大ちゃん、お願い……最後だけ、一度でいいの』


私のこと、ちゃんと名前で呼んで。

そう言われた瞬間、俺はこいつのことを好きでいる資格も無い男だと思った。違えんだ。ほんとは、2週間ほど前から、さつきじゃなくお前自身を、あんなっていう女を好きになっていたんだ。いつもにこにこ笑ってて、俺がどんな態度とろうといっつも俺の傍にいてくれて、綺麗な瞳の中に俺が映る度に自然と愛おしいと思っていたんだ、と。いつかは「さつき」じゃなくて「あんな」と呼んでみたいと思っていた。そう心の中から叫びたいのに、俺にはそんな資格がねえ。こいつを散々傷つけてきた俺には、何もねえ。

名前を呼ぶ資格なんて、無い。押し黙る俺の前で、何を悟ったのか分からねえが、一瞬世界が終わったように絶望したような顔をしたかと思えば、目の前の少女はふわりと笑った。涙が伝う頬が、そっと、微笑んだ。


『……うん、そ、だよね』



心が警戒音を鳴らす。動けよ。動けよ俺。おい。


『ばいばい、大好きだったよ……青峰』


言われたと同時に、そうか、こいつは「さつき」になる前には俺のことをそう呼んでいたんだとやっと思い出した。「大ちゃん」なんて甘ったるい声じゃなくて、すらりと届くようなその声で「青峰」と。誰にも捕らわれることがないあんなが、誰かの真似をするなんていう屈辱に耐えられたわけがないのに。俺に振り向いてほしいからなんていう一心で他の女を演じてきたんだ。
ぞわりと、鳥肌が立つほどに美しいあんなのその笑顔に。
愛おしい存在が誰かと言うことに今更ながらに気がついた。もう、遅い。もう、遅すぎた。
彼女の背中は、もう遠い。









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