「練習試合すっから、来い」
『……行かない』


命令形でかかってきた電話に私は初めて否定の言葉をなげかけた。今まで一度だって彼からの誘いを断った事なんてなかったのに。だけど青峰は私が断った事になにも追及してこなかった。ただ一言「あ? そうかよ」そんな言葉と共に電話を切った。私の携帯に表示された「桃井さつき」の文字に彼がまた彼女の近くにいることを知って心がじくりと痛んだ。私の携帯番号も知っているはずなのに、さつきちゃんの携帯からかけてくるなんて、酷い人だなあ、と考えながらもやっと決心がついたことに感謝もした。だから彼へのメールに「明日の朝、屋上に来て欲しい」とだけ打った。彼が来てくれる見込みなんて無かったけど。
その夜、私はそこで「桃井さつき」をやめることを決めた。朝早く起きて腰まで伸ばしていたキャラメルブラウンの髪の毛は、肩の上でばっさりと切って人工的な黒色に染めた。背伸びをするように履いていたはずのヒールも捨ててスニーカーを玄関に用意した。化粧も薄いものにして鏡を見ると昔の私がそこにはいた。
そのままこれで最後だと家を出た。
来ないだろうと思いながらも屋上で待っていた。だけど彼は来てくれた。めんどくさそうに首の後ろをかきながら私のもとへやってきた彼が見えた時に私の決心はもう固まっていた。笑顔と共に「別れようか」と微笑むと数秒後にけらけらと青峰は笑い出した。


「はっ。 お前が言い出したんだろ? さつきの代わりでもいいって。今更いやになったのか?」
『……違うよ。いいよ、代わりでも。でも……違うじゃん』
「あ?」


不機嫌そうな声。ねえ、さつきちゃんにはきっとそんな声をかけないよね。それが答えなんだよね。結局は私も彼を利用して、彼も私を利用していただけなんだよね。


『傍にいれるならなんでもよかった。でも、それだけじゃ駄目なんだよね』


彼はその問いかけに答えない代わりに、小さくうめいた。


「……んでだよ」
『だって、大ちゃんの辛そうな顔、見てるのは、もう、嫌だから』
「……おい」
『ごめん、自分勝手だよね。分かってる。私から言ったのに。……最低だって思っていい。卑怯なクソ女って思ってもいい。……だけど、もう私にさつきちゃんのフリは出来ない。やっぱり……あの子には……なれないよ』


3ヶ月前。怯えるように告白したはずなのに。どうしてこんなに今すがすがしいんだろう。最後の演技といわんばかりに私は精一杯の甘い声で囁く。


『大ちゃん、お願い……最後だけ、一度でいいの』


私のこと、ちゃんと名前で呼んで。
だけど、彼はやっぱり何も言わなかった。そうだよね。きっと彼は私の名前を知らない。当たり前だ。彼の中で私は「桃井さつき」なのだから。押し黙る彼の前で、それを悟った瞬間一瞬世界が終わった気がして絶望したけど、すぐに、ふわりと笑った。涙が伝う頬が、そっと、微笑んだ。


『……うん、そ、だよね』


嗚呼、終わる。こんなもんかと心が笑う。甘い声を捨て、私はそっと息を吐いた。



『ばいばい、大好きだったよ……青峰』











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