彼の前では私を殺す。そうすることで、私は「桃井さつき」として愛してもらえるから。
青峰は気まぐれに私にメールを送っては、体の関係を迫ってきた。私はさつきちゃんなのだから、精一杯の甘い声を出して、精一杯彼の好きな女の子を演じることしか頭に無かった。だからだろうか、初めてのキスも、体の関係も、私にとっては他人事としか思えなかった。どんな味がしたのかも、どんな表情をしていたのかも思い出せない。いや、思い出した先の青峰が幸せそうにしていたとしてもそれは私に対しての笑みなんかじゃないのだけど。そして今日もまたメールの着信が届いて、私の心はどこかぼんやりと霞がかったように揺らめいた。


「あんな、ねえ、また行くの?」


心配そうに眉をひそめるさつきちゃんは、やっぱりいい子だ。こうやってどんどん「私」ではなくなってくる私のことを気遣ってくれている。これが彼の愛していた少女なのだ。いや、愛している少女、なのだ。そして何より私は、大切な友人のふりをして彼に愛を頂いているのだ。なんとも酷い話なんだろう。そう思うと、「ごめんね」としか声が出てこなくて、さつきちゃんはそんな私のことをきつく抱きしめながら押し黙ってしまった。ごめんね、さつきちゃん。こんな最低な友人でごめんね。貴女になることで愛されているの。そんなこと口に出来ない。


『ごめんねさつきちゃん。いってくるね』
「っ、まっ……」
『お昼御飯は、……一緒に食べようね』



そう言うとさつきちゃんは泣きそうな顔で笑った。そうか、さつきちゃんはこういう顔もするのか。そんな研究じみた感想を抱く私を、彼女はどんな目で見ているのだろうか。きっと、私が今何をしているのかと聞けば、心の底から嫌われるんだろうな、と自嘲的に笑いながら私は教室を後にした。



『あおみっ……』
「大ちゃん。……いつもそう呼んでるだろ?」
『ひ、っ、あ……だい、ちゃんっ、っ』
「ああ、聞こえてる。愛してるぜ、さつき」


青峰はどこであろうと私を組み敷いて、がむしゃらに私の体を貪り食う。残念ながら体までは真似できないけど、きっと青峰にとってはそんなことどうでもいいんだろう。だって彼の目の中に映っているのは、私じゃなくて彼の頭の中にいる「さつき」なのだから。
「大ちゃん、好き」とうわ言のようにこぼすと私を見ながら恍惚の表情をこぼした青峰の汗が私の頬を濡らす。それが生理的に溢れてくる涙に混ざって口の中に零れこんできた時に、むなしいという感情が一気に体を駆け巡った。駄目だ。そんなこと考えちゃ駄目だ。この関係を望んだのは私なんだから。誰かの代わりでもいいから、青峰という存在に愛されたいと望んだのは私なんだから。


「さつき、さつきっ……」



そして今日もまた彼は私の名前なんて呼ぶことはないのだ。
全てをあげる。全部あげるよ青峰。
だから、今、せめてこの瞬間だけは、私にその愛を頂戴。あんなという自分を殺してでも、君の心が欲しいと願う私の罪深さを、誰が許してくれるんだろうか。






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