『さぼるんですか?』
「あー、別に自習だからいーだろうがよ」
『……そうですか』

彼と初めて言葉を交わしたのは、そんな台詞だったと思う。日に焼けすぎた肌は私が持っていないものを全て持っているような感覚に陥れることが出来るほどの威力を持っていた。誰の制止も聞かず教室を後にする彼の背中は、恐ろしい程に大きかった。それでいて、私には掴むことも届くことも無い人なのだと線引きをした。
いつもいつだって飄々としているその姿が最初は単純に羨ましかった。
というのも、私が今までの人生でおおよそ規範どうりに生きてきたからなのかもしれない。
親の顔色を伺っているわけではないけど、常に周囲のことを気にして生きてきた。いろんな子が時代という荒波に流されていく中で、自分という存在を誰にも壊されたくは無いままで生きてきた。世間の常識に逆らわず、自分を見失わず、だけどあまり目立つ事はなく。
そうやって生きてきた私の目に青峰が映ったのは本当に偶然だったのかもしれない。それならば、不意に目に入った彼の自由奔放な性格に酷くひかれてしまったのは、必然なのだろうか。
気がついたその瞬間から彼のことが好きになっていた。
そして青峰のことが好きになったその瞬間から、彼が誰を好きかなんて一瞬で分かった。


「大ちゃんっ! もうっ、またさぼったでしょっ」
「うるせーよ、別いいだろーが」
「んもうっ!」


さつきちゃんは私の心の許せる友人の一人だった。心優しさと美しい美貌を持ち合わせた彼女は青峰の幼馴染だということは前から知っていたけど、まさか彼女が青峰の意中の人だとは想像していなかった。だけどさつきちゃんには好きな人がいて、彼女はその人と恋人となった。さつきちゃんが付き合ったのは青峰ではなく、他の男の子。その事実を知った青峰はその日どんな顔をしていたのか私には分からない。私には彼に触れる権利なんてないのだから。
その日から青峰はいろんな女の子と関係を持つようになっていった。誰でもいい、と言った風の彼の横顔に、胸が苦しくなった。私がいくらどんな話題をふったとしても、彼の目はどこか死んでいるのだから泣きたくもなった。そして次第に思いは膨らみ、さつきちゃんが隣にいる時のような穏やかな笑顔を見せて欲しいと願うようになった。それと同時に不謹慎ながら私はチャンスだと思ったのだ。それらの要因が私の中ではじけとんだその日、私は彼に素直に思いを告げた。……だけど。


「あー、俺さつきが好きなんだわ。だからお前がさつきの代わりになるっつうんだったらいいけどさ」
『え……?』
「だから、お前とは付き合う気はねえけど、お前がさつきになるっつうんだったら、付き合ってやるって」


なんて残酷な人に恋をしてしまったんだろうか。
恋は盲目なんてよく言ったものだ。自分を曲げることが嫌いだったはずの私は、そんな私を殺した。
彼女みたいに桃色には出来ないけど髪の毛の色を今までの黒色からキャラメルブラウンに染めた。さつきちゃんみたいに身長が高いわけじゃなかったから、それを隠すように、そして背伸びをするようにヒールも高いものにした。化粧とか美容とか気にした事無かったけど、すこしでもさつきちゃんに近づけるように頑張った。彼はそんな私を「さつき」と呼んで愛してくれた。今まで見た事がない、暖かい笑顔がそこにはあった。


「愛してるぜ、……さつき」
『私もだよ……』


いつかこの関係はまるで夢のように覚めてしまうことは知っていた。私が岩谷あんなとして愛してもらえないであろうことも知っていた。
不毛でありすぎるはずのその関係なのに。
私は手に入れたその居場所を離れることなんて出来なかった。








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