「君は正真正銘の馬鹿です」

そして僕も正真正銘の馬鹿だと思った。僕のことを見る彼女の瞳は悲しげに歪んでいたのに、僕は追い打ちをかけるような言葉しか出なかった。
小さい頃住んでいた所が近かった幼馴染。異性の中では一番信用できて、一番仲がよかったあんなという人物。彼女の中では僕はただの幼馴染だったのかもしれない。だけど、僕にとってのあんなという人物は幼馴染以上に大切で、愛おしいと思える存在だった。

『私ね、青峰が……好きなのかも』

そんな彼女が頬を赤らめながら言ってきたその言葉に僕は何かがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。なんていうことだ。どうしてこんなことになったのだろう。いくらそんなことを考えたとしても彼女の瞳の中に映る僕はただの「幼馴染」でしかなかった。絶望。いや、そんな簡単な言葉で片付けることなんてできない。恐ろしいほどの虚無感と、少しばかりの嫉妬と祝福。愛おしい人が幸せになれるのならば、という心があったのは確かなのだから。
その頃だった、桃井さんに思いを告げられたのは。最低だとは思いながらも、僕はその告白を受けて彼女と付き合うことになった。
ひたすらに喜んでくれるあんなに本当の気持ちを伝えようかとも思ったけど、もしも僕が本当は好きではない人と付き合っているなんて知ったらあんなに嫌われるかもしれないと。そう思うことのほうが恐ろしかった。
だから、僕は決めたのだ。必死にあんなの「幼馴染」と桃井さんの「彼氏」を演じることを。彼女がくじけそうになるたびに「君には君の魅力がありますよ」と優しく微笑んだ。酷い、人間だ僕は。

そして、彼女は青峰君の彼女になったのだけど。……なった、のだけど。

『……なんで知ってるの?』
「桃井さんから聞きました。……君は、本当に正真正銘の馬鹿です。……本当に、馬鹿です」


どうして僕に言ってくれなかったのだろうか。うしろめたさ?それとももう僕はいらないのだろうか。そんなことを思いながら彼女の髪を一房掴むと痛々しい顔で唇を噛んだ。
彼女の髪が好きだった。だけど、彼女は全てを捨ててしまったのだ。綺麗だった髪さえも。他人に流されたりしないその心も。彼女は捨ててしまった。

「自分を変えることだけはしない人だと思っていました。何があっても自分の信念だけは持っていると信じていました」
『……私はテツが思っているような偉い子じゃないよ』
「ええ、そうですね。今の君は僕がずっと応援してきたあんなじゃない」


ちくりと心の奥が痛んだ。どうして彼のために変わってしまったんですか。どうしてその相手が僕ではないんだろうか。泣きたいくらいの感情をこらえて、小さく溜息をついた。


「……あんながそれでいいのなら、僕は何も言いません。……君は傷付くことを……誰よりも分かっているはずですから」
『……ごめんね、テツ』
「それは何に対してですか?」


分からない。けどごめんね。そう伝えてきた彼女にまたため息が出た。もう何も言いたくなくて、ただ静かに彼女の傍にいることにした。これが、僕のエゴだ。傷つくことなんてわかっているはずなのに。それでも、君は。


「……それでも、青峰君が好きですか」
『…………うん。……なんでだろうね』
「……人の感情は、……言葉に表す事なんてできませんから」


静かにつぶやいた僕の声に彼女は小さく微笑んだ気がした。
僕の感情も、決して、表すことなんて出来ないのだから。





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