君の手を離した。あの日、この場所で。それを未だに忘れられない俺をお前は恨んでいるのかな。あかりにとってあの別れがほんの一瞬だったとすれば、俺にとっては何億光年経っても忘れることなんて出来ないほどの傷みを奏でているよ、なんて。そんなこと口が裂けても言えないけど。


「あかり、好きだよ」
『私も、……好き』
「俺はもっと、好きだよ」
『も、もうっ、ストップ!』
「そんなに照れなくてもいいのに」


好き、大好き。
そんな子供じみた言葉を交わしながらも俺は幸せだったんだよ。
毎日がきらきらと宝石箱のように美しかった、なんてちょっと幼稚な表現すぎるのかな。でもあの頃の俺は人生の中で最大の幸福を感じていて、それと同時にとてつもなく君の痛みに鈍感だったんだ。


『もう、別れよう』


だから空虚な目をしながら君が言ったときに、俺はそれを否定しなかった。ただ、「あかりがそう望むならいいよ」なんて大人ぶった答えで君を突き放した。
君は泣きもせずに、ただ「さようなら」とだけ言って俺に背を向けて走り去った。

本当は知っていたんだ。君が俺のことを思って別れを選んでくれたことを。俺の夢を閉ざさないために「さようなら」と零してくれたことを。馬鹿だなあ。俺が気づかないとでも思ったわけ? どんだけお前のことを好きだと思ってるんだよ。あかりが考えていることなんて簡単に分かるんだ。
俺の足枷になりたくない、そう彼女の瞳が叫んでいた。だからそれに気づいていて、俺はその手を離したんだ。だって、あの頃の俺にはあかりのことをつなぎとめるだけの言葉も、力も、なにもなかったから。
もう、随分と大人になった。あの日から何年経ったのか君は覚えているかな?
俺は覚えているんだ。女々しいだろ。自分でも女々しくて笑えて来るんだ。だけど、だけど。今の俺はどんな顔をすればいいのかさえ分からないほどにぽっかりとした表情でその光景を見る。
ふわりと、舞う花びら。その中心で微笑む君。かつて、俺のことを深く愛してくれていた、君。レンガ造りの建物の光を浴びながら、あの日よりも美しくなった君。


「綺麗だよ」


純白のドレスをまとい、とても幸せそうに微笑むあかりはとても綺麗だよ。
ねえ、それ以外なんて言えばいいのかな。
そんな男じゃなくて俺のことをもう一度選んで欲しい、そう言えばいいのかな。それともこのまま俺に攫われて欲しい、そう言えばいいのかな。
誰も教えてくれないから、俺はわからないままで作り笑いを見せてみた。
俺じゃない奴の花嫁になってしまったあかりに今更何を言っても遅い。遅すぎたんだ。すべてが。好きだ。今でも、壊れそうなくらい、好きだ。好きで、好きで好きで……。あの時、どうして、俺は。


『ありがとう』


貴方も、幸せになってね。
そう言って笑った彼女の涙が、純白のドレスに溶け込んでいく。

嗚呼、残酷すぎて涙さえ出ないなんて。薄く笑った俺の頬で痛みが小さく泣いた。

さようなら。俺の愛おしい君。
さようなら。




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