ごめん、ごめんなって謝られる度に私がどんな顔をしてたか君は知ってた?きっと知らないよね。だって君の目線はいつだって私じゃないどこか虚空を見つめていたんだから。
なんで私が怒っているかも知らないくせに私に謝ってきて、自分にばかばかしくなったりしないの? そう言いたいのに、この関係が終わってしまうことが分かっているからなのか私の唇は不機嫌そうに結ばれたままだ。
結局、私が彼のことを好きだとしても彼が私のことを同様に思っているかなんてことは誰にも分からないんだよね。たとえ偉い学者だとしてもその答えを導くための数式を知っているわけじゃないし、悟りを開いた僧侶だって私の欲しい結末を予想なんて出来ない。
そう、だからこそ。


『仁王君のことが好きなのかもね』


苦しいよ、苦しい。
好きなのに。こんなに好きなのに結局はお互いの体熱を奪い合うようなことしか出来なくて、かといってそれさえも消えてしまったら今の私には何にも残ってなんていないから。結局誰も悪くないし、私が悪いというわけでもないから性質が悪いんだ。
だけどね、もっと性質が悪いのは。


「好いとおよ」


そう言って微笑んで私のことを優しく抱きしめる君。
ずるいよ。こんなに好きにさせておいて、そうやって私じゃない誰かを見つめるその瞳が憎い。だけど愛おしい。嗚呼、もう分からない。分からないことさえ分からない。
愛して。でもそんなに依存もされたくない。だって依存された分、仁王君が消えてしまったときの私の空虚感が見えきっているから。
怖いの。失うことが。
それならば、最初から手に持ってないほうがいい、と思ってしまうことは愚かなのかしら。
愚かよね。そして悲しい。私の中の感情は果たして恋愛感情と呼んでいいのかさえも分からないほどに、他人からは可笑しいと揶揄されるほどに醜いのかもしれない。分かっている。でもね、貴方を求めてしまうの。


『仁王君』
「ん?」
『……なんでもない』


言いたいよ。好きだって。
でもね、そんな陳家な言葉で世界がどうにかなるわけでもないものね。
だから、私が息が出来るほどに愛して欲しいの。私のために生きて、とも言わない。私だけを見てて、とも言わない。ただ、私のことを名前で呼んでくれるだけでいい。貴方のためだったら私、こんなに健気な女の子になれちゃうんだから不思議。
私は背の高い彼のその頬に手を滑らせて、「また明日」と呟く。


「おやすみ」


そしてまた貴方は闇の中に消えていく。白い髪の毛がふらふらと、私ではないところへ向かって動いていく。
よかった。今日も口付けを交わさないままでよかった。
だからこそ彼のことをこうやって見送れるんだもの。

つう、と、一筋涙が落ちた。






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