お前さんのことなんて把握しとるよ。 そう言いながら彼は真白い髪を揺らし私の前を去っていく。仁王が言うには「何があってもお前さんは俺からは離れられんよ」だそうだ。なにそれ。自分に相当自信があるわけ? 大体どうやったらそこまで自分に自信が持てるの? ……なんて聞けない。だって現に私の心は彼から逃れられそうにないから。馬鹿みたい。仁王が行く場所は私以外にもたくさんある。言うならば、仁王雅治という男は、ふらりふらりと停車する綺麗に磨かれた列車。私は通過駅の一つ。そのうち、その存在も忘れられて古びていくかもしれない運命。 『もう、やだ』 何が? 自分のみじめさが。 だって、そうでしょ。彼にとって私はたくさんの中の一つ。私にとっては彼はたった一人の大切な人なのに。いくら他人に「恋人」という区切りをつけられても、彼にとってそれはなんの意味も成さない。するりとその区切りの線を飛び越えて、私の手の届かない所に行ってしまう。 仁王が私以外の女の子と一緒にいるのを見るだけで何度も心は死んでいくの。 行かないで。触れないで。その子じゃなくて私を見て。 だけどそんな醜い嫉妬心を見せたらきっと彼はもう二度と私のところには戻ってきてくれなくなる気がして、私は何度も息を潜めるんだ。だって、文句も言わず黙っていたら……そしたら仁王は私の所に来てくれるんだもの。「お前さんは大切な恋人じゃけんの」なんて微笑みながら来てくれるんだもの。 でも、もういやだ。もう自分が自分でなくなってしまいそうで怖い。だから、だから。 『だから、私を殺して……柳生君』 仁王の姿をした柳生君にそういうと彼は困ったように微笑んでくれた。本当タイミング悪い人。私が今から仁王と別れようとしていた時に現れるんだもの。それも、仁王の姿をして。嫌だなあ。偽物だと分かってるのにときめいてしまうこの心臓が嫌だな。何より、自分が自分でも笑えて来るくらい彼のことを好きなことが嫌だな。そんなことを考えながら涙が溢れてきて、柳生君が静かに私を抱きしめてくれた。「彼と思ってくれて構いませんよ」なんて零しながら、彼と違う香りを漂わせる。 惨めな私を嘲笑ってくれればいいのに。この人は狡い人。 だけど。 『私は、もっと狡いね』 「自分を責めなさんな。……俺は」 俺は、お前さんを好いとーよ。 そう口を動かせた柳生君の胸の中で死ねたらいいのに、と。そう呟いて私は全てを否定した。 そして今日もまた仁王を待つの。 結局はそうやって、仁王を待つの。 ← |