所詮女と云ふものは、床の間で男の訪れを待つだけの者なのだと道行く人々は口を揃えて申されるのである。その声音が遥か遠くのお屋敷の中、その隔離された御簾の中で筆を綴る私にも聞こえることだから、面白きものだ。
筆を取り、和歌を交わし、その恋の駆け引きにも似た行いを日々続けることは、実に私の性に合う。
筆で相手の力量を図る度に身体に走る快楽と、男が私の意に沿う程にもない和歌を返してきた時の無常観は、また私から潤いを奪い渇きを与える。
しかし、たとえ今日のその一人が阿呆で低位な脳しかもたぬ者でも、また次の日には他の男が、朝露に濡れた朝顔が添えられた和歌で私を潤す。
まだ見ぬ顔の男がこぞって恋歌を送る程に私の美貌は優れているのだと侍女が薄く嗤う。
鏡の中には、髪の黒々とした、切れ長の瞳。成る程、存外戯言でもない。
その侍女から、と在る男の噺を耳にした。
御簾の中から、か細い音に耳を預けて、風が吹きし音にさえ心を高鳴らせる者もいるという程に、待つに値する男だと。
以前にもこのような根も葉もない噂が立った時に、それはさぞいい男に通われているのだろうと思い、一つ和歌を交わしてみたことがあった。されど、返ってきた歌はそれはとても造作もないほどであることも多い。
つまり、和歌の技術として名が通っているのではなく、夜の営みが上手であるというそれだけの噺だった、ということは、常時ありふれている。
確かに女は、たとえ学問があろうと男の腕に組み敷かれることでしか生きていけない、という現実には私も皮肉ながら肯定出来る。
男も男で、自分より低位で自分に従う従順な女を探し、また違う枕の元へと足を向ける。
男などそういう自己の満足の為だけに生き、息する。
しかし、その男はそうではないという。
己の欲望に忠実なくせをして、相手にそれを悟らせぬ程の快楽を与えてくる。
どのような者であろうと、
見る者も、その声音に触れる者も、その腕に組み敷かれる者も、彼を思い出しては恍惚と頬を赤らめ、その噂がまた一つ広がるのだ。
そうとは言え、一人でに世の無常を思いながら静寂の中の月を眺めることはいと面白きことだ。命尽きる前に最期の儚き音を奏でたのであろう虫の鳴き声を聞くこともまた一興。
私は、そういう女なのだ。
擬似的恋愛を繰り返す裏腹、さして男など興味も無い。
ただ、人間と交わりたいだけ。

その合間に衣の擦れる音を立てて現れる、神がかりなほどに美しく、全ての才を与えらたと言っても過言ではない男。
噂を纏う、男。


『あら、もうおいでなさらないと思いましたわ』

「一度きりの戯れと思われては困ります故」
『あら、存外達者なお口』
「ご所望ならば、このお口で貴女の本音を暴いて差し上げることも構いませんよ」
『あらあら、随分と私も見くびられたものね』


そのまま、ぎしりと板を音立てて彼は私の頬に手を滑らせる。
甘美な唇は、私の名前を呼ぶ。しかしながら彼が呼ぶその名前は私を狂わせるだけの世迷い言でしかなく、虚ろになる心と、彼に素直に従順になる身体が疎ましい。
所詮、私も快楽を求めてしまうただの卑しい女なのか、と自重めいて嗤うと、彼はそんな心さえ見透かしたように薄く声を漏らし「貴女が欲しい」と戯言を零す。
分かっているのよ。貴方が、其れを私以外にも零していることなんて。だけど、それを間に受けまいとしても高鳴る胸には、もう逆らえない。

あゝまた落ちていく。












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