不意に見せるあどけない笑みに心を奪われたのは、本当に偶然っていってもいいかもしれない。だからといって、それを簡単に終わらせてしまうのは勿体無い気もして、僕はそっとカメラのシャッターをきる。被写体になっている花々はまるで君みたいで、ほんの少し体温が上がった。くだらないと一掃されそうなくらい愛おしい君の長い髪に口付けたいと思っているのに、こういう時にかぎって僕は笑えるくらい臆病だ。そんな僕に気づいたのか、そっと近寄りながら微笑んだ少女の髪があまりにも美しくて思わず苦笑してしまう。


『不二君?』


一体どうしたの? なんて首を傾げるその行為はきっと無自覚で、出来ることならばこの場で抱きしめて口付けて一生二人が離れないように、なんて不埒なことを考えた。そもそも、まだ僕の彼女でもないのに、そんなことを望んじゃいけないのかもしれないんだけどね。


『なんでそんなに嬉しそうなの?』
「そう見えるかい?」
『うん。なんだか、いいことがあった子供みたいだよ』


からりと音をたてたのは、どこかの少年が投げ捨てた空き缶。甘い空気と、現実的な温度。なんとも言えないその世界に僕はまた一つ声を生み出す。


「子供、かあ。ショックだなぁ」
『あっ、違うっ……その』
「……冗談だよ。相変わらずからかうと面白いよね」


そういうと彼女は、少し頬を膨らませて、むすりと拗ねるふりをした。だけどその後すぐに困ったように眉をさげ、不二君のそういうところ嫌いじゃないよ、なんて笑う。そんな思わせぶりなこと言われて抑えられる自信はない。時折そうやって僕を無自覚で誘惑する可愛らしい彼女に、仕返しをしてやりたくて、それに驚いたように反応するであろう表情を考えると、不意に笑みがこみ上げた。


「僕が何を考えてたのか、教えてあげようか?」
『うん。教えて欲しい』


遠くの景色は、何処かおぼつかない。流れて行く季節の中で僕はきっと何度も君の魅力を知って、その度に恋をして、もどかしくなるんだろうね。だけど、いつだってその微笑みを愛おしいと思いながら過ごして行きたいと素直に強く思うんだ。さりげなくその長い髪をすくい、そっと囁く一つの単語。


「君のことだよ」


そう言った瞬間に、すこし驚きながら赤らんだあとに、まさに花が綻ぶような微笑みを浮かべる君のその一瞬の美しさをこれからも隣で見ることが出来たら、と。僕はそっと閉じていた瞳の中でそんな甘い感情を抱いた。


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「今瞳を閉じて心のまま僕は君を思う」
企画参加です。



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